2026年7月に、弁理士法人と企業知財の役割分担について2本書きました。6つの論点と6つのリスクを並べたものです。
どちらも、両者が存在し続けることを前提にしていました。
その後いくつかの実務者の会話に触れて、その前提こそが論点だったと気づきました。ここでは、前の2本に足りなかった5つを書きます。
7月に置いたフレームは、Creator(起案)とReviewer(評価)の非対称性を軸にしたものでした。 起案はAIで自動化が進み、評価は残る。だから役割分担は評価をめぐって再編される——という見立てです。
タイムチャージが崩れることも、若手の育成経路が消えることも、責任分界が曖昧になることも、 すでにここに書いてあります。いま議論されている「1件あたりの単価が下がる」も、⑤の範囲です。
足りていなかったのは、そこではありませんでした。
以下の5つは、実務者どうしの会話に触れて考えたことです。誰が何を言ったかは書きません。 特定の事務所名・企業名・製品名も挙げません。論点だけを一般化して残します。
したがってこれは観測の報告ではなく、私の仮説です。間違っている可能性があります。
AI利用を断る理由として「チェックしにくい」が挙がることがあります。 これを「まだ品質が低いから」と読むと、間違えます。品質が上がっても、この理由は消えないからです。
人が書いたものとAIが書いたものは、壊れ方が違います。
熟練者の速さは、どこを見ないでいいかを知っていることから来ています。 その判断は「書いた人の癖」という手がかりに支えられていました。手がかりが消えると、速さも消える。
結果として、起案が速くなったのにレビューが重くなるという現象が起きます。 そして重くなった分は、たいてい受け取った側が黙って負担しています。
①レビュー観点の形式知化は「自社の良い明細書の定義を、AIが採点できる粒度で書けるか」を問いました。 足りないのは裏側です——「どう壊れるか」の定義。
良さのチェックリストより、壊れ方のチェックリストのほうが先に要ります。 前者は理想を語れば書けますが、後者は事故を集めないと書けません。だから後回しにされます。
前の2本は、両者が協働する前提で書かれていました。しかし実際には、その手前に交渉があります。 そもそもAIを使ってよいか、という交渉です。
依頼側が使ってほしくても受託側が断ることがあり、逆もあります。 つまりAI利用の可否が、相手を選ぶ条件になりつつある。これは協働設計の中の論点ではなく、その前に置かれる関門です。
ここを曖昧にしたまま進むと、後から「これはAIが書いたのか」が争点になります。 問題は品質ではなく、聞かれた時に答えを用意していなかったことのほうです。
開示義務がないことと、開示しなくていいことは違います。 義務がないからこそ、当事者間で決めておく必要がある。決めていない状態は、決めたことになりません。
単価が下がりきると外注する理由が薄れ、内製化が進む——という筋書きがあります。 前の2本は、そこまでは射程に入れていました。入っていなかったのは、その先です。
前の2本には「二重レビュー問題」を書きました。企業と事務所がそれぞれAIを運用すると出力が食い違う、 どちらを基準にするか決めておけ、という話です。これは両方が存在する前提で書かれています。
片方が消えると、問題は逆向きになります。
外部の目は、コストとしては非効率でした。しかし「同じ間違え方をしない」という機能を持っていました。 効率化はその機能ごと削ります。削ったことに気づけないのが、この論点の厄介なところです。 検証されていない判断は、間違っていても静かに通るからです。
問いはこうなります——多様性の維持コストを、これから誰が払うのか。 払う人がいなければ、多様性は消えます。誰も反対しないまま消えます。
前の2本は、弁理士中心モデル → 共同レビューモデルという一本道を描いていました。 しかし現場では、受託側は書類を揃えるだけになり、内容の検討は依頼側が引き取るという形が既に見られます。 これは一本道の上にありません。
分岐は少なくとも3つあります。そして分かれ目は、観点データを誰が持つかです。
前の2本の③データガバナンスに「共同構築した観点データは誰の資産か」という問いを置きました。 あれを資産の帰属の話だと思っていました。違いました。 あれは、将来どの分担になるかを決める変数でした。
観点を持つ側が、判断する側になります。判断しない側は、手続をする側になります。 いま観点データをどちらが蓄積しているかが、5年後の分担をすでに決めつつあります。
形式要件や手続は、AIでいちばん自動化しやすいはずの領域です。定型で、判断が少なく、正解がある。 それなのに、外注に残っているのはむしろそちらだ、という観察があります。
理由は難易度ではないと思います。責任です。
外注が成立する条件は、難しさではなく、責任を切り出せることです。 そして責任を切り出せるのは、たいてい正解が事後に確定する仕事です。 形式要件は確定します。クレームの広さが適切だったかは、10年経っても確定しないことがあります。
②責任分界の論点を裏返すと、これが出てきます。責任分界を明確にすればするほど、 明確にできる仕事だけが外に出ていく。難しい仕事が内に残るのではなく、 責任の所在を書けない仕事が内に残ります。
書き終えてから気づいたのですが、5つとも同じ一点に繋がっていました。
役割分担は、能力では決まりません。観点を誰が持ち、責任を誰が書けるかで決まります。 起案が自動化されるかどうかは、実はその後の話でした。
前の2本は「何をAIに任せるか」の分担表を作ろうとしていました。作るべきだったのは、 観点と責任の帰属表だったのだと思います。
これは仮説です。とくに論点4(3つの分岐)と論点5(責任で決まる)は、 現場によって答えが違うはずです。
掲示板に置いていってください。「うちはBに寄っている」でも「それは違う」でも構いません。 反論のほうが、賛成より役に立ちます。
掲示板へ →