IP × AI / 役割分担 第3稿 / 2026.08.30

「両方が残る」
という前提

2026年7月に、弁理士法人と企業知財の役割分担について2本書きました。6つの論点と6つのリスクを並べたものです。 どちらも、両者が存在し続けることを前提にしていました。
その後いくつかの実務者の会話に触れて、その前提こそが論点だったと気づきました。ここでは、前の2本に足りなかった5つを書きます。

前提 2026年7月の2本 形式 仮説・確定見解ではありません 出典 特定の発言・組織は挙げません
はじめに

前の2本が書いたこと

7月に置いたフレームは、Creator(起案)とReviewer(評価)の非対称性を軸にしたものでした。 起案はAIで自動化が進み、評価は残る。だから役割分担は評価をめぐって再編される——という見立てです。

① レビュー観点の形式知化 ④ エージェント間インターフェース ② 責任分界とHITL設計 ⑤ 料金・契約モデル ③ データガバナンス ⑥ 人材育成の再設計

タイムチャージが崩れることも、若手の育成経路が消えることも、責任分界が曖昧になることも、 すでにここに書いてあります。いま議論されている「1件あたりの単価が下がる」も、⑤の範囲です。

足りていなかったのは、そこではありませんでした。

この文章の出典について

以下の5つは、実務者どうしの会話に触れて考えたことです。誰が何を言ったかは書きません。 特定の事務所名・企業名・製品名も挙げません。論点だけを一般化して残します。

したがってこれは観測の報告ではなく、私の仮説です。間違っている可能性があります。

論点 01

1「チェックしにくい」は、
品質の話ではない

AI利用を断る理由として「チェックしにくい」が挙がることがあります。 これを「まだ品質が低いから」と読むと、間違えます。品質が上がっても、この理由は消えないからです。

人が書いたものとAIが書いたものは、壊れ方が違います。

人が書いたもの 属人的に壊れる ─ この人は実施例が薄い/この人は上位概念化が甘い → ベテランは「誰が書いたか」で見る場所を変えられる AIが書いたもの 均質に、もっともらしく壊れる → 見る場所の当たりがつかない。全部を同じ密度で見るしかない

熟練者の速さは、どこを見ないでいいかを知っていることから来ています。 その判断は「書いた人の癖」という手がかりに支えられていました。手がかりが消えると、速さも消える。

結果として、起案が速くなったのにレビューが重くなるという現象が起きます。 そして重くなった分は、たいてい受け取った側が黙って負担しています。

前の2本に足すべきこと

①レビュー観点の形式知化は「自社の良い明細書の定義を、AIが採点できる粒度で書けるか」を問いました。 足りないのは裏側です——「どう壊れるか」の定義。

良さのチェックリストより、壊れ方のチェックリストのほうが先に要ります。 前者は理想を語れば書けますが、後者は事故を集めないと書けません。だから後回しにされます。

論点 02

26論点の手前に、
0番がある

前の2本は、両者が協働する前提で書かれていました。しかし実際には、その手前に交渉があります。 そもそもAIを使ってよいか、という交渉です。

依頼側が使ってほしくても受託側が断ることがあり、逆もあります。 つまりAI利用の可否が、相手を選ぶ条件になりつつある。これは協働設計の中の論点ではなく、その前に置かれる関門です。

⓪ AI利用の開示と合意 誰が/どの工程で/どういう性質のツールを使うか 使ったことを相手に伝えるか 伝えないという選択を、事前に合意しておくか ↓ ① 〜 ⑥(協働の設計)

ここを曖昧にしたまま進むと、後から「これはAIが書いたのか」が争点になります。 問題は品質ではなく、聞かれた時に答えを用意していなかったことのほうです。

開示義務がないことと、開示しなくていいことは違います。 義務がないからこそ、当事者間で決めておく必要がある。決めていない状態は、決めたことになりません。

論点 03

3内製化の先に、
外部の目が消える

単価が下がりきると外注する理由が薄れ、内製化が進む——という筋書きがあります。 前の2本は、そこまでは射程に入れていました。入っていなかったのは、その先です。

前の2本には「二重レビュー問題」を書きました。企業と事務所がそれぞれAIを運用すると出力が食い違う、 どちらを基準にするか決めておけ、という話です。これは両方が存在する前提で書かれています。

片方が消えると、問題は逆向きになります。

内製化が完了した状態 知財部の判断を、誰も外から検証しない 社内は全員が同じ道具・同じ観点データを使う ↓ 誤りが相関する。独立に間違えないので、気づけない

外部の目は、コストとしては非効率でした。しかし「同じ間違え方をしない」という機能を持っていました。 効率化はその機能ごと削ります。削ったことに気づけないのが、この論点の厄介なところです。 検証されていない判断は、間違っていても静かに通るからです。

問いはこうなります——多様性の維持コストを、これから誰が払うのか。 払う人がいなければ、多様性は消えます。誰も反対しないまま消えます。

論点 04

4段階論に、
「反転」の分岐がない

前の2本は、弁理士中心モデル → 共同レビューモデルという一本道を描いていました。 しかし現場では、受託側は書類を揃えるだけになり、内容の検討は依頼側が引き取るという形が既に見られます。 これは一本道の上にありません。

分岐は少なくとも3つあります。そして分かれ目は、観点データを誰が持つかです。

A 協働レビュー 観点は共同で持つ → 前の2本が想定した形 B 依頼側が引き取る 観点は企業が持つ → 受託側は書類整形に寄る C 受託側が観点を売る 観点は事務所が持つ → 企業は判断しなくなる

前の2本の③データガバナンスに「共同構築した観点データは誰の資産か」という問いを置きました。 あれを資産の帰属の話だと思っていました。違いました。 あれは、将来どの分担になるかを決める変数でした。

観点を持つ側が、判断する側になります。判断しない側は、手続をする側になります。 いま観点データをどちらが蓄積しているかが、5年後の分担をすでに決めつつあります。

論点 05

5外注に残るのは、
難しい仕事ではない

形式要件や手続は、AIでいちばん自動化しやすいはずの領域です。定型で、判断が少なく、正解がある。 それなのに、外注に残っているのはむしろそちらだ、という観察があります。

理由は難易度ではないと思います。責任です。

書類の瑕疵 誰の落ち度か明確に問える → 外注が成立する 内容の当否 誰の落ち度か曖昧 → 引き取らざるを得ない

外注が成立する条件は、難しさではなく、責任を切り出せることです。 そして責任を切り出せるのは、たいてい正解が事後に確定する仕事です。 形式要件は確定します。クレームの広さが適切だったかは、10年経っても確定しないことがあります。

②責任分界の論点を裏返すと、これが出てきます。責任分界を明確にすればするほど、 明確にできる仕事だけが外に出ていく。難しい仕事が内に残るのではなく、 責任の所在を書けない仕事が内に残ります。

まとめ

5つを貫いていたもの

書き終えてから気づいたのですが、5つとも同じ一点に繋がっていました。

役割分担は、能力では決まりません。観点を誰が持ち、責任を誰が書けるかで決まります。 起案が自動化されるかどうかは、実はその後の話でした。

前の2本は「何をAIに任せるか」の分担表を作ろうとしていました。作るべきだったのは、 観点と責任の帰属表だったのだと思います。

反論と、実際どうなっているかを聞きたい

これは仮説です。とくに論点4(3つの分岐)と論点5(責任で決まる)は、 現場によって答えが違うはずです。

掲示板に置いていってください。「うちはBに寄っている」でも「それは違う」でも構いません。 反論のほうが、賛成より役に立ちます。

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