Certificate of Origin — AI Model Supply Chain

AIモデル原産地票

誰が、どのオープンウェイトモデルを、どこでホストして使っているか
— 公開情報とウェブ調査で確認できる範囲の一覧

調査日 2026-07-09 範囲 一次報道・議会文書・プラットフォーム統計 確度表記 高/中/低の三段 作成 Claude(要検証・引用元は末尾)
00 / 検証

提示された三つの仮説

結論から。二つは公開情報で裏付けられ、一つは部分的に成立するが、根拠として引かれがちな数字に誤読の罠がある

HYPOTHESIS A

裏付けあり

中国企業が国家的にOSSで開発者コミュニティを味方につけ、米国との差を埋めに来ている

USCC報告書は「二つのループ」(国内ラボ間の相互蓄積 × 世界的普及によるデプロイデータ還流)として定式化。Hugging Faceの新規派生モデルの約40%がQwenベース、DL累計でLlamaを追い抜いた。

HYPOTHESIS B

裏付けあり

米国スタートアップの一部がこれに応じている

Cursor、Airbnb、Lindyなど実名事例が複数。米下院・国土安全保障委員会と対中特別委員会が2026年4月に書簡を発出し、調査対象化している。

HYPOTHESIS C

部分的に裏付け

OPC普及+公的トークン補助で、AIエージェント従業員を電気代のみで雇う動きが進む

算力券・模型券・OPC補助はいずれも実在。ただし「電気代のみ」は自己ホスト時の理想値で、実測されたのは「AIツール1ドル=開発者人件費72ドル相当」。またOPC登録数732万社は会社法改正による一人株主会社であり、AI要因ではない。

01 / 需要側

どのスタートアップが、どのOSSモデルを使っているか

「表沙汰になった事例」に限られる点に注意。Interconnectsのネイサン・ランバートは「公表例は氷山の一角で、最も評価の高い米国AIスタートアップの多くがQwen・Kimi・GLM・DeepSeek上で学習を始めている」と述べている。

TABLE 1 — 採用主体 × モデル原産地
採用主体本社用途使用モデル(原産)公開の経緯確度
Anysphere(Cursor)評価額 約293億ドル US 自社コーディングモデル Composer 2 のベース Kimi K2.5CN Moonshot AI(北京)/ライセンス提携のうえ継続事前学習+高計算RL 当初は自社モデルとして発表 → API挙動から24時間で発覚 → 開示。共同創業者Aman Sangerが「最初にKimiベースと書かなかったのは失敗」と認めるSemafor / Quartz / Business Insider 確度 高
Airbnb上場企業 US カスタマーサポート・エージェント(計13モデル併用のうち主力) QwenCN Alibaba/オープンウェイトを自社側で運用 CEO B. Cheskyが「very good, fast, cheap」と発言。解決時間が約3時間→6秒に短縮。のち「中国企業にデータは渡していない。オープンウェイトはそういう仕組みではない」と反論Bloomberg / Forbes 確度 高
LindySF、AIワークアシスタント US 本番トラフィック全量 DeepSeekCN 2026年6月にAnthropicのClaudeから100%移行 CEO Flo CrivelloがXで公表。「数か月で数百万ドル節約」「メールを書くのに神は要らない」CNBC / Rest of World 確度 高
Thinking Machines LabM. Murati、評価額120億ドル US モデル微調整ツールの対応基盤 Qwen ×8モデルCN 既存OSSモデルのカスタマイズ支援ツールとして同梱 ツール公開時の対応モデル一覧からThe Wire China 確度 高
Chamath Palihapitiya の事業体元Facebook、VC US 社内ワークフロー全般 Kimi K2CN Amazon Bedrockから移行 本人がXで発言。「はるかに高性能で、ずっと安い」The Wire China 確度 中
Siemens大企業 DE 非公表 中国製モデル(詳細不明)CN 「公然と使用している企業」として報道で言及 Quartzが列挙。具体モデル名・用途は特定できずQuartz 確度 低
Univa官公庁向け文書処理 KR 政府部門向けドキュメント処理 QwenCN 自社公表でコスト30%削減 2025年9月に自社発表The Wire China 確度 中
CognitionDevin開発 US 中国製ベース(疑義)業界内の推測段階。取材に無回答 The Wire Chinaが取材、回答なし。確認された事実ではないThe Wire China 未確認
AI Singapore / マレーシア政府ソブリンAI SG / MY 国家・地域基盤モデル Qwen / DeepSeekCN シンガポールはLlamaでなくQwenを選択、マレーシアはDeepSeekを基盤に指定 各国政府の公表MIT Technology Review 確度 高
02 / 供給側

「中身は中国OSS、外形は米国SaaS」の実装層

前回の論点。米系の推論プロバイダとハイパースケーラーはいずれも中国製オープンウェイトを標準カタログに載せている。これは秘匿ではなく、公開のプロダクト仕様である。

TABLE 2 — ホスティング事業者と取扱モデル
事業者本社取扱う中国製OSSモデルデータ取扱いの建て付け
Amazon BedrockUSDeepSeek / Moonshot Kimi / MiniMax / Qwen100超の基盤モデルを提供。マーケティング上「顧客データはモデル提供元と共有されない」を明示
Microsoft Azure AI FoundryUSDeepSeek / KimiAzureが直販するモデルとしてカタログ収載
Google Vertex AIUSDeepSeek / Kimi / MiniMax / Qwen / GLMフルマネージド・サーバーレスAPI。DeepSeek R1にはModel Armor併用を推奨
Fireworks / Together / DeepInfraUSDeepSeek 等「学習に使わない」条件で、DeepSeek一次API比約2倍の価格。この価格差がデータ主権の値段
DatabricksUSQwen3-Embedding-0.6Bベクトル検索・エージェント向けにパブリックプレビュー
NVIDIA NIM / モデルカタログUSDeepSeek自社カタログに収載。同時に米国製OSS Nemotron 3 を投入し対抗
03 / 数量

どれくらい広がっているか

~80%
オープンスタックで売り込みに来る米スタートアップが中国製オープンモデル上で動いている確率(a16z マーティン・カサド氏の推計)a16z / MIT Tech Review
~13%
OpenRouterの100兆トークン調査における中国製OSSの週次トークン平均シェア。ピーク週は約30%OpenRouter × a16z
61%
2026年2月、OpenRouter上位10モデルのトークン消費に占める中国製の比率(中国・国家データ局が発表、二次情報のため確度中)China Development Forum 経由
17.1%
中国製オープンウェイトの世界DLシェア(2025年8月までの1年)。米国の15.86%を初めて上回るMIT × Hugging Face
~40%
Hugging Faceで新規に作られるLLM派生モデルのうちQwenベースの割合。Qwenは累計DL10億超でLlamaを抜くHugging Face
×27
GLM-5.2 公開初週のVercel上での日次トークン増加率(利用顧客数は×80)。2026年にVercelが追跡した中で最速の立ち上がりVercel / CNBC
04 / 政策

公的補助の実際 — 算力券・模型券・OPC

ご想定の「公的機関によるトークン料補助」は、模型券(モデルバウチャー)という形で実在する。ただし対象は中国国内企業であり、CAC登録済みモデルに限定される。

算力券COMPUTE VOUCHER
北京・上海・深圳・成都・山東・河南・寧波などが発行。データセンター利用料を直接補助する。上海は約6億元を計上し、AIレンタル費用の最大80%を補助。国家発改委が「東数西算」実施指針に組み込み、需要側から補助する設計。 供給側(EDWCによるクラスタ建設)と需要側(券)を分けて設計している点が、日本の補助金設計との対比として興味深い。
模型券MODEL VOUCHER
2024年から多くの市・省が発行。APIによる大規模モデル利用そのものを補助するか、事前学習済みモデルのライセンスを買い切る費用を補助する。USCC報告書も「北京はAPI経由のモデル利用と学習済みモデルのライセンス購入を補助している」と明記。 これがご想定の「トークン料補助」に最も近い。ただし利用可能なのはCAC(国家インターネット情報弁公室)登録済みモデルのみ。
OPC 一人公司ONE-PERSON COMPANY
蘇州が2025年11月に「30のOPCコミュニティ、2028年までに1,000社」を掲げて先行。北京市朝陽区は2026年に11のOPCコミュニティを発表(デジタルヒューマン、工業AI、AIGC等)。2年間の無償デスク+普恵算力補貼+案件マッチングが典型的パッケージ。 Rest of Worldの取材では、稼働率の低い国有データセンターと空きオフィスビルの受け皿としての側面も指摘されている。国産チップ搭載でNvidia系アーキテクチャと相性が悪く、顧客が付かない施設が補助の原資に回っている。
AI労働の単価LEVERAGE RATIO
杭州のOPCアクセラレータ Honghub の「2026 OPC Insight Report」(1,500件の調査+100時間のインタビュー)は、AIツール1ドルに対し、等価な開発者人件費は約72ドルと算定。ソロ創業者の75%が非技術系出身。 「電気代のみ」ではなく「72分の1」。自己ホストであれば電力+償却に近づくが、公開データで実測された比率はこちら。
05 / 留保

この表を読むときの反証と注意

仮説を弱める、あるいは条件付ける事実

  • 「732万社のOPC」はAIの数字ではない。 人民日報が報じた2025年末の一人公司新規登録732万社(前年比+42.3%)は、会社法改正で「自然人1名につき一人有限責任会社1社まで」という制限が撤廃されたことによる。法的には「株主が1名」を指すのみで、従業員を雇ってよい。AIエージェント従業員の数とは無関係である。
  • 中国製ウェイトに国別バックドアは確認されていない。 HiddenLayerによるDeepSeek-R1のフォレンジックでは、原産国固有のバックドアや隠れた脆弱性は発見されなかった。技術的リスクは「原産国」ではなく「どう運用するか」に宿る、というのが現時点の検証結果である。
  • 米国もオープンウェイトで反撃している。 NVIDIA Nemotron 3 Ultra はArtificial AnalysisのIntelligence Index 48で、オープンウェイト全体でGLM-5.2(51)に次ぐ2位。OpenAI(gpt-oss)、IBM Granite 4、Google、Mistral、Ai2 Olmo 3 も参入している。「オープン=中国」は2026年半ばの時点でも正確ではない。
  • 採用は二層構造である。 報道が示すのは「安価な中国製OSSで量をさばき、高難度の推論だけ米国フロンティアAPIに回す」ハイブリッド運用。DeepSeekへの全量移行(Lindy)はむしろ例外的な事例として報じられている。
  • 本表は「公表された事例」の集合であり、母集団ではない。 選択バイアスが強く、非公表の採用はここに現れない。逆に、規制産業の大企業はデータセキュリティ・検閲・地政学リスクを理由に依然として距離を置いている。
06 / 含意

IP・標準化の視点から

Cursorの件で争点になったのはライセンス違反ではない。Kimi K2.5はライセンス上使用可能で、Moonshot自身が「歓迎する」と表明している。問題になったのは由来の開示が遅れたことだった。

つまりこの領域の摩擦は、特許でも著作権でもなく原産地表示と来歴証明(provenance)の不在に集中している。ソフトウェアサプライチェーンにはSLSAのような署名付き来歴標準があるが、モデル配布にはそれに相当するものがない。Hugging Face上には約18万リポジトリ、180万超のGGUFファイルがあり、チャットテンプレート等のウェイト以外の実行可能要素には来歴保証が存在しない。

標準化の空白がそのまま地政学的な争点になっている、という構図である。ここは「誰が最初に規格を出すか」の勝負であり、IEC/ITU/IEEEでのSEP的な先行者利益の議論と、構造としては相似形に見える。

07 / 出典

参照した公開情報

  1. Semafor — House committees probe Cursor parent, Airbnb over Chinese AI (2026-04-29)
  2. Nextgov/FCW — House panels probe Airbnb, Anysphere
  3. Forbes — Chesky called Chinese AI fast and cheap (2026-05-21)
  4. Quartz — American companies can't stop buying Chinese AI
  5. The Wire China — Cheap and Open Source, Chinese AI Models Are Taking Off
  6. Rest of World — When Americans choose Chinese AI (2026-06-17)
  7. CNBC — Chinese AI models gaining ground with U.S. companies (2026-07-07)
  8. MIT Technology Review — What's next for Chinese open-source AI
  9. MIT Technology Review — China's open-source bet
  10. USCC — Two Loops: How China's Open AI Strategy Reinforces Its Industrial Dominance (2026-03)
  11. OpenRouter — The Open Weight Models that Matter (2026-06)
  12. FPRI — From Vouchers to Visas: China's Innovative Plan for AI Dominance
  13. Tom's Hardware — China subsidizes AI computing / computing power vouchers
  14. RAND — Full Stack: China's Evolving Industrial Policy for AI
  15. Rest of World — China mobilizes "one-person company" AI startups
  16. People's Daily Online — China sees surge in one-person companies in AI era
  17. GlobeNewswire — Honghub 2026 OPC Insight Report
  18. 北京市科委 — 朝陽区11家OPC社区全揭秘
  19. Datasaur — Chinese Open-Weights Models: Security Myths vs. Reality(HiddenLayer検証)
  20. AEI / War on the Rocks — China's AI Is Spreading Fast
  21. arXiv 2602.04653 — Inference-Time Backdoors via Chat Templates(GGUF供給網)