合理が、
不合理を生む
一人ひとりは正しく計算している。それでも全体は悪い方へ進む。その構造を、まず手で動かして確かめてみてください。
共有地の牧草地:10人の牧夫が、それぞれ合理的に牛を増やす
牛が増えるほど牧草は減り、1頭あたりの産出は落ちます。ただし、その損失は10人で分け合います。
1人が1頭増やしたときの自分の得—
牧草地全体の産出—
ボタンを押すと、各牧夫が「自分が得をするなら1頭増やす」と判断します。
不合理は「境界の外」に現れる
合理性はいつも、ある範囲の内側で定義されます。自分の損得、今期の成果、決められた規則。その範囲からはみ出した部分が、不合理として表面化します。
四つの系統
① 個の合理 → 全体の不合理
足し合わせると壊れる。上のシミュレーションはここに属します。
- 囚人のジレンマ/社会的ジレンマ各自の最適手が、全員の損になる
- 共有地の悲劇(ハーディン)個々の利用が資源を枯渇させる
- アンチコモンズの悲劇(ヘラー&アイゼンバーグ)権利の細分化で誰も使えない。特許の藪が典型
- 合成の誤謬/節約のパラドックス(ケインズ)個人の貯蓄が集計すると不況を招く
- アローの不可能性定理/コンドルセのパラドックス筋の通った個人選好を集約すると循環する
- ブライスのパラドックス道路を足すと渋滞が悪化する
② 合理の積み重ね → 時間の中で不合理へ
一歩ずつは正しく、累積すると外れる。
- イノベーションのジレンマ(クリステンセン)優良顧客への合理的対応が衰退を招く
- 組織の不条理(菊澤研宗)取引コスト的に合理な判断が組織を失敗させる
- 情報カスケード/美人投票/合理的バブル合理的な模倣が価格を実体から切り離す
- グッドハートの法則指標を最適化すると指標が意味を失う
- 軍拡競争・赤の女王合理的な対抗が誰も望まない均衡へ
③ 形式の合理 → 直観の不合理
論理的に正しい手順が、意味としておかしな結論に至る。
- ムカデゲーム/チェーンストア・パラドックス後ろ向き帰納の「合理解」が明らかに損
- ゲーデルの不完全性定理無矛盾な体系の内に決定不能命題が現れる
- 決定論的カオス単純な決定論から予測不能性が生まれる
④ 思想としての定式化
合理化そのものが、檻や神話に反転する。
- 『啓蒙の弁証法』(アドルノ=ホルクハイマー)理性の徹底が神話・野蛮へ反転する
- ウェーバー「鉄の檻」形式合理性の貫徹が実質的な非合理を生む
- ヘーゲル「理性の狡知」利己的な行為を通じて別の帰結が実現する
合理性は、局所・短期・形式の内側でしか定義できない。不合理とは、その境界の外側から見た同じ合理の姿である。