予習・大局観 / シャドーAIと内部統制 / 2026.08.31

塞げる穴と、
塞げない穴

社内の Slack に汎用AI(Claude や ChatGPT)を繋いでいいのか。 「一度開放したら、個人契約のAIでも承認を通らずに繋がってしまうのではないか」—— 私の最初の理解も、これでした。調べてみると半分は当たっていて、半分は外れていました。
一次情報を当たって切り分けると、アプリ承認で塞げる経路と、 原理的に塞げない経路が別々にあります。 そして後者こそが、いわゆるシャドーAIの本体です。

形式 一次情報にあたった論点整理 対象 社内でAI利用の可否を問われる人 診断 5問で自組織の状態を判定
発端 よくある懸念

「一度開けたら、止まらないのでは」

社内で AI 活用の話をすると、ほぼ必ずこの形の問いが出ます。 私自身も、最初は同じところで引っかかりました。要約すると、こうなります。

社内で Slack に汎用AIを繋いでいる人はいるのか。 一度開放すると、個人契約の Claude や GPT でも 承認を通らずに接続できてしまい、 内部統制が効かなくなるのではないか。

もっともな心配です。そしてこの懸念には、当たっている部分と外している部分が混ざっています。 外している部分を放置すると「だから禁止」という結論になり、 当たっている部分を放置すると本当に危ない経路が野放しになります。 どちらも困るので、順に切り分けます。

先に結論を置きます。論点は「Slackのアプリ承認設定」だけでは閉じません。

整理 混同されやすい3つ

まず、別物を3つに分ける

議論が噛み合わない原因の大半は、名前が似ている別物を同じものとして話していることです。 データの流れる向きが違うので、統制のかけ方も変わります。

名称何か向き主な用途
Slack AISlack社自身のネイティブAI機能Slack内で完結要約・検索
Claude TagSlack内に @Claude というバーチャルユーザーが常駐する bot 型エージェントSlack ← Claudeチャンネルでタスクを委任する
Slackコネクタ
(Claude in Slack)
Claude 側から Slack を検索・参照する連携Claude ← Slack会話の要約、文脈の収集

「Slackのやり取りをAIに要約させたい」なら3番目

いちばん多い要望はこれで、該当するのはSlackコネクタです。 Claude Tag は Slack 上で振る舞う bot なので別物であり、 要件が違うのに名前で選ぶと、必要のない権限を組織に入れることになります。

事実 一次情報にあたる

提供側は「管理者承認が前段」で設計している

Anthropic の公開情報を読むと、管理者承認を通ってから個人が認証するという順序が明記されています。

ワークスペース管理者は、個々のユーザーが自分の Claude アカウントで認証する前に、 まず Claude アプリを承認しなければならない。

Claude がアクセスできるのは、そのユーザーが閲覧権限を持つチャンネルと会話のみであり、 既存の Slack の権限をすべて尊重する。Slack の会話は、組織の保持ポリシーとセキュリティ設定に従う。

Slackコネクタについても、ユーザーが Claude 設定の Connectors タブで設定できるようになる前に、 管理者が組織に対してコネクタを有効化する必要がある。

Anthropic「Claude and Slack」(2025-10-01 公開/2026-01-26 更新)より要旨。有料 Slack プラン向け。

つまり「承認不要で個人契約が勝手に繋がる」という理解は、提供側の仕様上は当たりません。 権限の範囲も、そのユーザーが元々見られるチャンネルを超えません。 AIを繋いだからといって、見えないチャンネルが見えるようになるわけではない——ここは安心してよい部分です。

ただし、その前提が成立しているとは限らない

問題は次です。Slack 側のヘルプは、冒頭でこう書いています。

アプリによりサードパーティのサービスを Slack に接続できます。 デフォルトの設定ではワークスペースのオーナーによる承認がなくても、メンバーはアプリをインストールできます。

Slack「ワークスペースで使用するアプリの承認を管理する」より引用。

ここが本題です。Anthropic の言う「管理者承認が必要」は、 Slack 側で承認機能が有効になっていることを暗黙の前提にした記述です。 その前提が成立していなければ、アプリのインストール権限を持つメンバーが自分で追加できてしまいます。

Slack のアプリ承認機能 個人契約AIの接続 OFF(既定) 権限を持つメンバーが自分で追加できる ON オーナー / アプリ管理者の承認なしには入らない

したがって、冒頭の懸念はSlack のデフォルト設定については当たっているということになります。 取り違えやすいのは、これを「AI提供側の作りが緩い」と読んでしまうところです。 実際に緩いのは提供側ではなく自社の初期設定のほうで、 そのままなら統制は効いていない——ここが当たっていた部分でした。

ここは順番が逆だと結論も逆になります。提供側の問題だと読むと「使わせない」に向かい自社の設定の問題だと読むと「設定を直す」に向かいます。 そして後で見るとおり、効くのは後者だけです。

ちなみに、既定が安全側になっている設定もあります

同じ画面にある「Slack アカウントの認証情報で他サービスにサインインする」は、 既定で不許可です(許可するには明示的にチェックを入れる)。 つまり Slack の既定が一律に危ないわけではなく、設定ごとに倒れている向きが違う。 だから「Slackは安全/危険」と一括りにせず、項目ごとに既定値を見に行く必要があります。

構造 統制点はどこにあるか

データが外部AIに届く経路は3つある

ここからが本題です。設定の話に見えていたものを、経路の話に置き換えます。 Slack のデータが外部のAIに届く道は、大きく3本あります。

Slack の 会話データ 外部の 汎用AI 承認ゲート アプリ承認 経路A ── Slackアプリ(OAuth bot token) 承認ゲート ×2 アプリ承認 + AI側の組織有効化 経路B ── コネクタ(OAuth user token) 経路C ── 画面/セッション経由(本人の認証済みブラウザ) ブラウザ拡張・エージェント・スクリーンショット・手動コピペ ゲートが置かれていない そもそもアプリではないので、承認の対象外
経路 A
Slackアプリ
OAuth bot token
Slack Marketplace 経由でアプリをインストールする、いちばん分かりやすい道。 Claude Tag もここに乗ります。
✓ アプリ承認が仲介する
設定ONで統制可能
経路 B
Slackコネクタ
OAuth user token
AI側から Slack を参照する道。Slackのアプリ承認に加えて、 AI組織側でも管理者が有効化しないと使えません。
✓ 二重の関門
設定ONで統制可能
経路 C
画面/セッション経由
no token at all
本人の認証済みブラウザで、エージェントや拡張が画面を読む。 極端には手動コピペやスクリーンショットも同じ層です。
✗ 承認の対象外
設定では塞げない

経路 C が厄介なのは、悪意の有無と無関係に成立してしまうところです。 Slack から見れば、そこで起きているのは 「正規のユーザーが、正規の権限で、自分の画面を見ている」という事実だけです。 そもそもアプリですらないので、アプリ承認という仕組みが仲介する対象に入りません。

そして、いちばん見落とされる点。経路Cは、あなたが何も導入しなくても、すでに存在しています。 ブラウザと目とキーボードがあれば成立するからです。これがシャドーAIの本体です。

原理 1975年の設計原則

なぜ「設定で塞げる穴」と「塞げない穴」に分かれるのか

この分かれ方には名前がついています。Saltzer と Schroeder が 1975 年に書いた 「The Protection of Information in Computer Systems」という論文です。 欠陥のないシステムの作り方は誰も知らないので、代わりに欠陥の数と深刻さを減らす8つの設計原則に頼る—— という立て付けで、8原則が並んでいます。今回関係するのは2つです。

原則2: Fail-safe defaults(安全側に倒れる既定値)

アクセス判断は、排除ではなく許可を基礎にすべきである。すなわち、既定の状況はアクセス不可である。

Saltzer & Schroeder (1975), Design principle 2 より。

Slack の既定(承認なしでインストール可)は、この原則に反した状態です。 ただしこれは設定で埋められる穴です。原則違反が明確なぶん、直し方も明確です。

原則3: Complete mediation(完全仲介)

すべてのオブジェクトへのすべてのアクセスが、権限のチェックを受けなければならない。 初期化・復旧・シャットダウン・保守を含めた、システム全体を見渡す視点が要る。

Saltzer & Schroeder (1975), Design principle 3 より。

アプリ承認という参照モニタは、OAuth の認可を与えるという一点にしか置かれていません。 経路 C はそこを通らないので、仲介の対象外です。 これは設定では埋められません。穴が空いているのではなく、 そもそも監視員が立っていない場所を通っているからです。

原則対応する統制状態
Fail-safe defaults承認済みアプリを必須とする既定OFF。設定で解消できる
Complete mediationアプリ承認経路A/Bのみ。経路Cは非仲介
Least privilegeOAuthスコープの審査承認=そのアプリが使うスコープの承認
Separation of privilegeオーナー / アプリ管理者の分離オーナー以外をアプリ管理者に任命できる
Open design公式経路の明示隠すのではなく、設計を公開して統制する
Psychological acceptability公式経路の使い勝手禁止一辺倒だと経路Cに逃げる

論文自身が、原則の使い方を限定しています

「これらの原則は絶対的なルールではなく、警告として最も役立つ。 設計のどこかが原則に違反しているなら、その違反は問題の兆候であり、 設計を注意深く見直すべきである。」

つまりここでやったのは採点ではなく、どこを見に行くべきかの指差しです。 50年前の論文が今日の SaaS 設定に当てはまるのは、 原則がプロダクトではなく構造について語っているからです。

診断 自組織はどうか

5問で、いまどの経路が開いているかを見る

ここまでの構造を、自分の組織に当てはめてみてください。 分からない項目は「分からない」を選んでください。 「分からない」は無回答ではなく、それ自体が結果です—— 誰も把握していない統制は、実務上は効いていないのと同じ扱いになります。

自組織の統制状態チェック(5問・その場で判定/送信なし)

回答はこのブラウザの中だけで処理されます。どこにも送信されません。

回答すると、経路ごとの状態が出ます
実務 何から手をつけるか

順番がある

STEP 1
現状を把握する(コスト小・即日)
まず設定画面を見に行くだけです。議論の前に事実を取る。
  1. 管理者 → アプリとワークフロー → アプリの管理設定
  2. 「承認済みアプリを必須とする」が ON か(OFF なら既定のまま=統制なし)
  3. アプリ管理者に誰が指名されているか
  4. インストール済みアプリの棚卸し
STEP 2
経路A/Bを塞ぐ
「事前承認済みアプリのみを許可する」を有効化します。 ワークスペースのオーナー権限で、すべてのプランで利用できます。 必要なら「メンバーによる、アプリの承認リクエスト機能の利用を許可する」で申請フローを併設し、 オートメーションルールで自動承認・制限・却下・要手動レビューへ振り分けられます。
踏みやすい罠が2つ。制限をかけたアプリが既にインストール済みの場合、メンバーはそのまま使い続けられます。 使わせたくないなら別途アンインストールが要ります。 ②アプリ承認とは、そのアプリがワークスペース内で動作するために使うスコープの承認です。 審査基準は「入れるか」ではなく「この権限範囲を渡すか」で見てください。
Enterprise Grid の場合、Org オーナーがアプリ管理ポリシーを設定していれば、 傘下ワークスペースでは承認機能が自動的に有効になっています。
STEP 3
経路Cは、別のレイヤーの問題として切り出す
ここは Slack や AI 提供側のドキュメントの守備範囲外です。 自社のエンドポイント統制の問題なので、Slack の設定画面をいくら眺めても答えは出ません。 デバイス管理(MDM)/管理対象ブラウザ、セッション管理、出口対策(DLP・CASB)、 利用規程・教育・監査——担当部署も予算も別になります。
ここを経路A/Bと同じ会議で片付けようとすると、議論が必ず止まります。 「Slackの設定の話」と「端末統制の話」は、決められる人が違うからです。
STEP 4
設計思想を決める
経路Cが構造的に塞げない以上、「AI接続を全面禁止する」は経路A/Bだけを塞ぎます。 そして経路Cを使う動機を強めるので、内部統制としてはむしろ悪化します。
禁止した後に起きるのは「使わなくなる」ではなく、 「ログに残らない形で使われる」です。前者と後者は、管理台帳の上では同じに見えます—— どちらも記録がゼロだからです。

原則的な設計解

監査可能な公式経路を用意して、経路Cを使う理由をなくす。

これは気持ちの問題ではなく、Psychological acceptability の原則そのものです。 公式の道が使いにくければ、人は使いやすい道を通ります。 そしてその道には、ログも承認もありません。

社内提案の筋立て(案)

参考 bot型を入れる場合

Claude Tag の権限モデル

経路A に乗る bot 型(Claude Tag)を検討する場合、権限モデルは押さえておく価値があります。 「AIを入れる=統制が緩む」とは限らないことが分かるからです。

見ての通り、ログ・上限・スコープという統制の道具は用意されています。 経路A は、統制が効かない道ではなく統制の道具が揃っている道です。 効かないのは、道具を使っていないときだけです。

宿題 一次情報で埋まらない部分

ここから先は、自分の組織を見に行くしかない

この整理でできたのは論点の形を作るところまでです。 以下は公開情報では決まらず、自組織の実測でしか埋まりません。

この記事の限界

ここに書いた仕様は2026年8月時点で公開情報を読んで確認したものです。 SaaS の設定項目と既定値は変わります。判断の前に、必ず自分で一次情報を開いてください。 下にリンクを置いてあります。

また、これは特定製品の推奨でも非推奨でもありません。 ここで扱ったのは経路の構造であり、構造はベンダーが変わっても残ります。

一次情報

同じ構造の話

「効率化」と「独立性の喪失」が実行時には同じ操作に見える、という話は 同じ間違いを、全員でする に書きました。 今回の「禁止」と「ログに残らない利用」も、記録の上では同じに見えます——どちらもゼロです。

自社での確認結果や、別の経路を見つけた話があれば 掲示板に置いていってください。