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社内規程の設計論 — 生成AI画像を題材に

線が引けないルールを、
どう書くか

生成AI画像の社内ルールは、多くの企業で「他者の著作権を尊重すること」という一般的な規定に留まっています。 しかし具体的なOK/NGがない規定では、実効性のあるリスク管理になりません。 かといって、具体的な線引きは書こうとしても書けない。
この行き詰まりには構造的な理由があり、そして回り道があります。

基準が書けない領域では、基準を書かない。 判断できる側だけを規律し、判断せずに済む行動を決める。——これが本稿の全部です。

01

なぜ線が引けないのか

著作権侵害は、2つの要件の掛け算で決まります。そしてこの2つは、性質がまるで違います。

Fig.1 — 侵害 = 依拠性 × 類似性

依拠性

既存の作品に基づいて作ったか
  • 見ているのは行為(何を入力したか/どのツールを使ったか)
  • 本人が知っている
  • 事前に統制できる
→ 規程が直接効く
×

類似性

表現上の本質的特徴が共通するか
  • 見ているのは結果(出力そのもの)
  • 最終的に決めるのは裁判所
  • 事前に確定できない
→ 規程では書けない

「基準がわからない」と感じるのは、ほぼ常に右側(類似性)の話です。そしてそれが難しいのは、勉強不足だからではありません。 類似性は事前に内容が確定するルールではなく、事後に個別事情を総合して決まるスタンダードだからです。 定義上、事前にルールへ変換できません。

さらに厄介なのは、測っている軸が直感とズレていること。法的判断が見ているのは「見た目の近さ」ではなく 「創作的表現の共通性」です。アイデアや作風が共通するだけでは侵害になりません。 だから「似ているのに非侵害、似ていないのに侵害」という、一見すると矛盾した結論が並ぶことになります。

ここが分岐点 線が引けないのは、担当者の能力の問題ではなく対象の性質です。これを認めると、 「もっと精緻な基準を書こう」という方向を捨てて、掛け算のもう一方を潰す方向に進めます。
ただし、依拠性には穴がある 利用者が元の作品を知らなくても、その作品がAIの学習データに含まれていれば依拠性が認められうると整理されています(文化庁)。 利用者にはモデルの中身が見えないので、この穴は個人の注意力では埋まりません。 埋めるのは組織の意思決定——つまりどのツールを買うかです(次章 L2)。

02

判断できる側だけを潰す

1本の完璧なルールを作るのではなく、穴だらけのルールを3枚重ねます。

Fig.2 — 3層モデル
L1 入口
作家名・作品名・キャラクター名を指定しない/既存画像を参照入力しない 「〇〇風に」ではなく「淡い水彩、俯瞰の構図で」と要素で書く。現場が判断せずに守れる。
依拠性を
作らない
L2 ツール
学習データがライセンス済みのモデル/IP補償付きの法人契約に限定する 規程を1行厳しくする代わりに、契約プランを1段上げる。現場に負担をかけずにリスクが下がる。
見えない依拠性を
潰す
L3 出口
用途で切り、社外公開物についてだけ類似性の確認と記録を求める 全件チェックは運用が持たない。手続の重さを用途で変える(次章)。
残った類似性に
備える

単層のルールはどれも穴が空きます。入口統制だけでは「見えない依拠性」が残り、ツール統制だけでは意図的な模倣を止められず、 出口統制だけでは運用が破綻する。3つ重ねると、それぞれの穴を他の層が塞ぎます。 セキュリティの多層防御と同じ発想で、どの層も単体では不完全でかまいません。

補償(indemnity)は万能保険ではない 主要ベンダは法人向けに、生成物が著作権侵害を問われた際の補償を提供しています。ただし共通して、 ①著作権のみが対象(商標・意匠・パブリシティ権は対象外)②無料版・個人プランは対象外③ガイドラインに反する使い方をすれば無効、という制限があります。
つまり補償は、L1を守った人だけを守る保険です。L1とL2はセットでしか機能しません。

03

禁止するなら、技術ではなく用途

「生成AI画像の使用を一切禁止する」は、最もシンプルで実効的に見える選択肢です。まず、その定義を書いてみてください。

Interactive — これは「生成AI画像」ですか?

禁止対象だと思うものをタップしてください

正解を当てるクイズではありません。選んだ結果に意味があります。

選択 0 / 8
02〜08は、すべて生成モデルが画素を作っています。 「生成AIで作った画像」を技術で定義して厳密に禁止すると、スマホのカメラアプリまで禁止対象に入ります。 実務では当然そう運用されないので、「これは生成AIではない」という現場の自己判断が始まります。 ——禁止が崩れるのは、現場のモラルの問題ではなく、定義が書けないからです。

では全面禁止が常に間違いかというと、そうではありません。禁止の軸を、技術から用途へ移せばよい。 「社外に出す成果物には使わない」なら定義は明確で、判断も容易で、リスクの大きいところだけを狙い撃ちできます。 しかも社内資料の生産性を殺しません。

Fig.3 — 用途で切り、手続の重さを変える
A
社内限定・一時的検討用ラフ、会議資料の挿絵
自由(L1のみ・承認も記録も不要)
B
社内限定・保存されるマニュアル、社内教材、社内報
承認ツールの使用
C
限定的な社外提供提案書、展示パネル、採用資料
類似性の確認+記録+所属長承認
D
公開・広範な社外提供Web、広告、SNS、パッケージ
C+広報確認(炎上)+AI生成表示の要否
E
ブランドの中核・権利化予定ロゴ、キャラクター、製品外観
原則不可(→ 第5章)
この表の最大の機能 Aを「自由」と明示すること。 禁止の列挙ではなく安全地帯の宣言です。 これがシャドー利用と、専門部門への過剰な相談を同時に減らします。 相談を減らすのは基準の明確化ではなく、「相談しなくてよい範囲」の明示です。

04

判断させないルールの書き方

現場に判断能力がない領域では、判断を求めるルールは守られません。求めるべきは行動です。

Fig.4 — 生成画像だけに成り立つ不等式
判断コスト 似ているか
検討する
回避コスト もう一度
生成する

生成画像は作り直しがほぼタダです。一方、類似性の判断は専門家でも割れ、外部に聞けば費用が発生し、 社内で議論すれば時間が溶けます。この不等式が成り立つ領域では、判断せずに回避するのが合理的です。 つまり規程にはこう書けます。

条文の一行 役職員は、生成画像について既存の表現物との類似の疑いを認めたときは、当該生成画像を使用せず、 再生成その他の方法により差し替えるものとする。

「似ているかどうか判断せよ」ではなく「疑ったら捨てろ」。 判断能力を一切要求していないところが肝心です。素人でも実行できて、しかも結果として最も安全側に倒れます。

ついでに — 画像検索の位置づけ 「公開前に逆画像検索にかける」という運用はよく採られますが、検出力は高くありません。 逆画像検索はほぼ同一の画像を見つける技術で、構図やキャラクター造形が共通するといった 翻案レベルの類似はそもそも苦手です。

それでも回す価値はあります。ただし目的が違う。「相当の注意を払った」という証跡としての価値です。 経済産業省の民事責任の手引き(2026年4月)が示すとおり、ガイドラインに沿った対応をしていた事実は 過失の評価で有利に働き得ます。手続を導入するときは、その手続が何のためにあるのかを一緒に書いてください。 検出を期待して導入すると、必ず失望して形骸化します。

05

知財の視点で、ひとつだけ

生成AI画像の議論はほぼ全部が著作権の話になります。しかし——

Fig.5 — 「知らなかった」が通る権利、通らない権利

著作権

依拠性が要件
  • 知らずに独自創作したものは侵害にならない
  • 依拠性が実質的な安全弁として働く
→ 偶然の一致は救われうる
vs

意匠権・商標権

依拠性は要件ではない
  • 独自に作っても、登録意匠に類似すれば侵害
  • 商標では過失も推定される
→ 「知らなかった」が通らない

製品ビジュアル、パッケージ案、コンセプトスケッチを生成AIで作る用途が広がるほど、 理屈の上では著作権より意匠のほうが厳しいことになります。 Fig.3 で E(ブランド中核・権利化予定)を原則不可に置いた根拠はここにあります。 著作権チェックとは別に、意匠調査の発想を持ち込む必要がある——これは知財部門にしか気づけない論点です。

守る側の論点も、一行だけ 日本でも米国でも、短いプロンプトだけで生成したものには著作権が発生しないと整理されています。 社外に権利主張したい成果物(ロゴ、キャラクター、キャッチコピー)については、 人間の創作的な関与の記録を残す運用が別途必要です。 侵害しないための記録と、権利を守るための記録は別物で、両方いります。

06

規程は、止めるためではなく、切り替え点を示すためにある

ここまでの設計を一文にまとめると、規程の役割はすべての危険を一律に止めることではなく、 どの場面で専門的な確認へ切り替えるかを社員に示すことになります。 これは『図解 生成AI 社内規程の作り方』が本書全体を通して繰り返している主張でもあり、 同書は生成物の扱いについて、社内限定の草案/担当者が編集して使う資料/社外へ公表する制作物と 用途と影響に応じて確認の強さを変える方法を、現実的な解として挙げています。 Fig.3 はその考え方を、判断基準ではなく手続の設計として展開したものです。

同書はまた、生成物について確認すべきものを4点セットで挙げています—— 類似性・引用の有無・素材の出所・利用条件。 本稿は前2つを扱いましたが、後2つ(出所と利用条件)も同じくらい実務では効きます。 ストック素材の利用範囲、参照素材のライセンス、生成物の商用利用条件は、 著作権侵害とは別に契約違反として跳ね返ってくるからです。

自動車は、事故の可能性があるから社会から排除されたのではありません。 免許・道路・信号・保険・点検といった仕組みを整えることで、利用が広がりました。
生成AIも同じで、技術だけで安全になるのではなく、組織の仕組みによって扱えるものになります。

危険をゼロにしてから使おうとすれば、導入の機会そのものを失います。 逆に、リスクを理解し、条件を定め、問題が起きたときに止めて直せる組織ほど、新しい活用に踏み出しやすくなる。 線が引けないことは、ルールを作らない理由にはなりません。 引ける線だけを引き、引けないところは手続で受ける——それだけのことです。


持ち帰り — 自社で確かめる5つ

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出典・参考

書籍

  • 『図解 生成AI 社内規程の作り方』(全8章)— 第5章3節「著作権・個人情報・コンプライアンスへの対応」、第8章および結章を参照。用途別に確認の強さを変える考え方、確認4点セット(類似性・引用・出所・利用条件)、免許と保険の比喩は同書による。

国内の指針

海外・その他

本稿は2026年8月時点の公開情報に基づく一般的な整理であり、法的助言ではありません。 訴訟動向・各ベンダの補償条件・EU規則の適用関係は変動します。個別の判断にあたっては最新の一次情報と専門家の助言をご確認ください。