Mokumoku Guide / IP × AI — 規程を設計物として読む

規程は業務フローである。
そして権限規定であり、
AI時代の業務設計の憲法になる。

職務発明規程を「法務が作る文書」として読むと、条文が並んでいるだけに見える。
設計物として読むと、まったく違うものが現れる — 状態機械(発明という対象が取りうる状態と遷移)、権限行列(各遷移を発火させてよいのは誰か)、イベント駆動の支払パイプライン(どの遷移が金銭債務を発生させるか)、そして監査要件(何を記録しなければ手続が無効になるか)。
この4つは、そのままシステムの仕様書であり、そのままAIエージェントに渡すべき授権の記述でもある。
この教材の立ち位置 — 素材はIPTech弁理士法人が公開している「スタートアップ向け職務発明規程ひな型」。ただし本ページ作成環境のネットワーク制限によりひな型本文そのものは取得できていない。したがって以下で扱う条文構成は、特許法35条と経済産業省告示第131号(職務発明ガイドライン)が要求する骨格から再構成した一般形である。金額例など原典未確認の数値には全てバッジを付け、§9に検証ステータス表を置いた。自社規程に適用する前に必ず原典と突き合わせること。
01 — 読み替え

なぜ「規程=業務フロー」なのか

条文と業務フローが同じものだと言えるのは、比喩としてではない。規程が定めているものの正体を数えると、設計物の構成要素と一対一で対応する。

職務発明規程が実際に決めているのは、次の5つだけである。第1に語彙 — 「従業者等」「発明等」「職務発明」が何を指すか。第2に初期状態 — 権利が最初に誰のものとして発生するか。第3に遷移 — 届出があったら何が起き、次に誰が何を判断するか。第4に債務の発火条件 — どの遷移が会社に支払義務を生じさせるか。第5に手続の適法性要件 — 何を記録し、誰の意見を聴かなければその決定が無効になるか。

この5つは、それぞれ型定義データモデルの不変条件ステートマシンイベントハンドラ監査ログである。呼び名が違うだけで、指しているものは同じだ。だから規程を「読む」代わりに「実装する」ことができるし、実装してみると規程の穴が出る。穴は必ず、状態が定義されているのに、そこへ入る遷移か、そこから出る遷移のどちらかが書かれていないという形で現れる。

条文の抜けは、読んでも見つからない。図にすると、行き止まりのノードとして必ず可視化される。

下のレイヤ切替は、規程を6層に分解したものだ。ひとつの条文が同時に複数の層に属することはない — もし属しているなら、その条文は分割すべきである。これが規程を設計物として読むときの最初の作業になる。

02 — 状態機械

発明の一生を、状態と遷移で書く

ノードをクリックすると、その状態に「何が入ってきて」「誰が次を決め」「いつまでに」「何を記録し」「いくら払うのか」が出る。¥マークは金銭債務が発火する状態。破線の枠は終端状態(そこから先の遷移がない)。

分岐 / 非承継ルート 主系列 終端 / 消滅ルート 届出 出願 査定 非該当と認定 出願しない 承継しない 放棄・年金不納 自由発明 秘匿・ノウハウ¥ 論点あり 着想・完成 届出受理 職務発明認定 出願要否判断 出願済¥ 出願時 登録¥ 登録時 実施・収益¥ 実績 発明者へ返還 権利消滅

この図で最初に目につくべきは、終端状態が4つあるのに、そのうち3つは金銭債務を発火させないことだ。自由発明・権利返還・権利消滅には報奨がない。そして残る1つ「秘匿・ノウハウ化」が、ひな型型の規程で最も議論になる箇所になる — §4で扱う。

03 — 権限行列

「誰が決めるか」だけを抜き出すと、RBACになる

状態機械が「何が起きるか」を決めるのに対し、権限規定は「その遷移を発火させてよいのは誰か」を決める。両者は独立の軸で、掛け合わせると業務システムのアクセス制御定義そのものになる。

下表の縦軸は規程が登場させるアクター、横軸は状態機械の各遷移。D=決定権者(この人の意思表示で遷移が発火する)、A=承認(Dの前段で必要)、C=諮問・意見聴取の相手、I=通知先、=関与しない。実務でありがちな失敗は、Dが空欄のまま運用されている遷移が存在することで、これは「誰も決めていないので永久に止まる」状態を生む。

遷移 →
アクター ↓
届出受理職務発明
該当性認定
出願要否
決定
外国出願
決定
報奨金額
決定
放棄・
権利消滅
不服の
裁定
発明者(従業者等)起票CCCI申立
所属長ACC
知財担当D起案起案起案起案起案事務局
発明審査委員会DDCDAC
代表取締役ADADD
外部弁理士CCCC
スタートアップ特有の縮退 — 従業員10名規模では「発明審査委員会」が存在せず、知財担当も兼任である。すると上表の D はほぼ全て代表取締役に集中する。これ自体は正しい設計だが、Dが1人に集中しているとき、意見聴取(C)だけは絶対に省略してはいけない。決定と諮問の両方が同一人物に潰れると、後述する手続的適法性が構造的に成立しなくなるからだ。

この表がなぜ「AI時代の憲法」なのかは、ここで一度言っておく価値がある。AIエージェントに業務を渡すとき、必要になるのはプロンプトではなく、この表の行を1つ増やせるかどうかの判断である。「AIエージェント」という行を足して、各列に D / A / C / I / — のどれを入れるか。入れられない列があるなら、そこは自動化してはいけない列だ。プロンプトエンジニアリングの話ではなく、授権の話になる。

04 — 支払パイプライン

報奨金は「イベント駆動」であり、キャッシュは数年ずれる

スライダを動かすと、届出件数から定常状態の年間報奨金支出、1件あたり総コスト、そして「届出したのに1円も出ない発明の割合」が出る。

相当の利益の設計で最初に理解すべきは、支払が状態ではなく遷移に紐づくことだ。「特許を持っていること」に対して払うのではなく、「出願した」「登録された」「実績が出た」というイベントの発生時点で債務が生じる。したがって会計上は引当ではなく発生主義のイベント記録になり、システム上は award_event テーブルが状態遷移ログの子テーブルとして自然に立つ。

入力

出力(定常状態・年額)

年間報奨金支出(合計)
届出1件あたり期待コスト
発明者1人あたり年間期待受取
届出したが1円も出ない割合
1件の発明が生む支払イベントの時間分布
届出 → 出願(0年) → 登録(概ね2〜4年後) → 実績認定(さらに後)
読み方 — 出願時と登録時の2点払いだけで組むと、支出総額は抑えられる一方、「届出したが1円も出ない割合」が出願に進まなかった分だけそのまま残る。この割合が3割を超えると、届出そのものが減り始める(出しても無駄だという学習が起きる)。金額を上げるより、不出願判断のときに少額でも払う設計に変えるほうが、届出件数への効きが大きいことが多い。
注意 — 数値は全て利用者入力に基づく概算モデルであり、特定のひな型の推奨値ではない。モデル

支払設計で規程が必ず書かねばならない5つの端条件

  • 共同発明の持分按分 — 持分の合計は必ず1.0でなければならない。規程が「均等」と書くか「寄与度に応じ」と書くかで、システム側の必須入力が変わる。後者を選ぶなら寄与度を誰がいつ決めるかを必ず併記すること(ここが空欄の規程が非常に多い)。
  • 退職後の扱い — 権利は会社にあるまま、支払債務だけが退職者に残る。連絡先の追跡義務と、支払不能時の供託・時効の扱いを書く。登録が出願の数年後である以上、退職者への支払は必ず発生すると考えて設計する。
  • 相続 — 実績報奨は数年〜十数年スパンになりうる。発明者死亡時に相続人へ承継されるのかを明記する。
  • 従業者等でない者 — 業務委託、副業、インターン、共同研究先の研究者。これらは35条の「従業者等」に当たらないため、規程では捕捉できず個別契約で押さえるしかない。規程には「対象外である」と明記して、契約側へ送る導線を書く。
  • 税務上の区分 — 支払の性質によって所得区分が分かれる(一時に支払われる権利承継の対価/継続的な実施の対価/通常の職務の範囲で受けるもの)。源泉徴収の要否が変わるため、支払イベントに所得区分のフィールドを持たせる個別に税務確認が必要
05 — システム的記述

規程をスキーマと不変条件に落とす

ここまでの3枚(状態機械・権限行列・支払パイプライン)が揃うと、データモデルは機械的に決まる。逆に言えば、スキーマが書けない規程は、規程の側に穴がある。

-- 中核エンティティ invention (id, title, disclosed_at, state, ai_assisted, ai_tool, ai_role_note) inventor_share (invention_id, person_id, share, decided_by, decided_at) filing (id, invention_id, country, kind, filed_at, app_no) registration (filing_id, reg_no, registered_at) right_transfer (invention_id, mode, effective_at) -- 原始帰属 / 承継 / 不承継 award_event (id, invention_id, person_id, trigger, amount, income_class, paid_at) -- 手続的適法性のための3テーブル(省略すると規程が「不合理」になりうる) consultation (rule_version, held_at, participants, minutes_uri) -- 基準策定時の協議 disclosure (rule_version, published_at, channel, acknowledged_by) -- 基準の開示 opinion_hearing (award_event_id, heard_at, statement, response) -- 額の決定時の意見聴取 objection (award_event_id, filed_at, ground, ruling, ruled_by)

この設計で肝になるのは、下段の3テーブルが業務データではなく適法性の証拠であるという点だ。特許法35条5項は、相当の利益の内容の定めが「不合理であってはならない」とし、その判断において基準策定時の協議の状況・基準の開示の状況・額の決定時の意見聴取の状況を考慮すると定める。つまり手続の記録がないこと自体が、支払額の妥当性を崩す。金額が適正でも、経緯が残っていなければ争える。

不変条件(invariants)— これが破れたら業務が違法・無効になりうる、という線

INV-1 Σ inventor_share.share = 1.0 (発明ごとに常に) INV-2 filing ⇒ ∃ invention.disclosed_at (届出なき出願は存在しない) INV-3 award_event.trigger ∈ {出願, 登録, 実績, 譲渡収入} ⇒ 対応する遷移レコードが存在 INV-4 award_event(額の決定) ⇒ ∃ opinion_hearing(同一event) (意見聴取なき額決定を作らせない) INV-5 rule_version が有効 ⇒ ∃ consultation ∧ ∃ disclosure (協議・開示なき基準は適用しない) INV-6 right_transfer.mode = 原始帰属 ⇒ effective_at = 発明の完成時 INV-7 invention.state = 秘匿 ⇒ 外部AIサービスへの入力ログが存在しない

INV-4INV-5 が、ふつうの業務システムには出てこない種類の制約である。「支払額を決める」という操作を、意見聴取レコードがなければDBレベルで拒否する。運用ルールではなく制約として書く。これができるかどうかが、規程を実装したと言えるかどうかの分かれ目になる。

INV-7 は現行のひな型には存在しない。しかしAIを使う組織では必要になる — 未公開の発明内容を学習に使われうる外部サービスへ入力した時点で、秘密管理性が崩れ、営業秘密としての保護も、新規性の維持も危うくなるからだ。§7で扱う。

状態遷移も同じ書き方ができる。事前条件と事後条件を明記すると、規程の文が半分に減り、抜けが露出する。

transition 出願要否判断 → 出願済: pre state = 職務発明認定済 ∧ right_transfer.mode ≠ 不承継 ∧ actor ∈ roles_with(D, 出願要否決定) post state ← 出願済 ∧ create filing(...) ∧ create award_event(trigger=出願, per inventor_share) ← 債務はここで発生 sla 届出受理から N 日以内 ← 規程が定めるべき期限 fail 期限超過 → エスカレーション先を規程が定めていること

最後の fail 行が重要だ。多くの規程は「速やかに判断する」と書いて終わる。速やかにが破られたときに何が起きるかを書いていない規程は、状態機械として不完全である。判断が止まった発明は、届出済のまま何年も滞留し、やがて発明者が退職して誰も内容を説明できなくなる。実務で最も頻繁に起きる事故は、条文違反ではなくこの沈黙のほうだ。

06 — AI化の判定

工程ごとに「どこまでAIに渡せるか」を決める4つの問い

工程名のボタンで想定シナリオを読み込み、4問に答えると自動化レベル(L0〜L4)が出る。判定は上限方式 — どれか1つでも制約がかかれば、そこが天井になる。

「AIでできるか」を能力の問題として議論すると答えが出ない。能力は上がり続けるからだ。決着がつくのは、能力ではなく責任の問いに置き換えたときである。次の4つで足りる。

判定

L—

自動化レベルの定義

Lv誰が実行するか人間の関与典型例
L0全部意見聴取の場での対話そのもの
L1人(AIは記録・要約・下書きのみ)判断は全て人協議・意見聴取の議事録作成、届出書のドラフト
L2AIが案を作り、人が全件レビューして決裁全件職務発明該当性の一次判定、寄与度の論点抽出
L3AIが実行、人は例外とサンプルのみ抜取+例外先行技術の初期スクリーニング、記載不備チェック
L4AIが完結、人は事後監査事後のみ報奨金額の計算、期限計算とアラート、証跡の突合
この段階分けは自動運転レベルの借用だが、決定的な違いがひとつある。自動運転はL5(完全自動)が存在するのに対し、規程が支配する業務にL5はない。規程を改廃する権限だけは、どこまで行っても人間の側に残るからだ — §8。
07 — 差分

AIを使う組織で、ひな型に足りなくなるもの

現行のひな型は「人間が発明し、人間が届け出る」を前提に完結している。この前提が崩れたときに空く穴を、条文候補の形で列挙する。

① AI利用の申告と、自然人の実質的寄与の記録

日本では、AIを発明者と記載した出願は認められない。東京地判 令和6年5月16日(令和5年(行ウ)第5001号/DABUS事件)は、特許法上の「発明者」は自然人に限られると判示し、知財高判 令和7年1月30日(令和6年(行コ)第10006号)も結論を維持した。米国USPTOも2024年2月のガイダンスで、AI支援発明は自然人がsignificant contribution をしていれば特許適格としつつ、発明者は自然人でなければならないとしている。

つまり実務上の問題は「AIが発明者になれるか」ではなく、AIを使って生まれた発明について、どの自然人が発明者なのかを、後から説明できる形で残せるかに移った。届出フォームに次のフィールドが要る — 使用したAIツール名/AIに与えた入力(課題設定・制約条件)/AI出力のうち採用した部分/人が加えた着想・選択・検証。これは条文というより届出書の様式の問題であり、規程本体には「AIを利用した場合は利用状況を申告しなければならない」の一文があれば足りる。

→ USPTO AI発明者性ガイダンス(図解解説)

② 未公開発明の外部AIサービスへの入力禁止(INV-7の条文化)

秘匿を選んだ発明、および出願前の発明の内容を、学習に利用されうる外部サービスへ入力する行為は、秘密管理性を崩し、場合によっては新規性喪失のリスクにも触れる。従来の秘密保持条項は「第三者への開示」を禁じているが、AIサービスへの入力が「開示」に当たるかは条文上明らかでないことが多い。

書くべきは禁止だけではない。許可リストと、その更新権限を誰が持つかを書く。禁止だけの条文は必ず破られる — 業務が回らなくなるからだ。「この用途にはこのサービスを使ってよい」を維持する責任者を置いたほうが、実効性が高い。

③ 「発明等」の範囲 — ソフトウェア・データセット・プロンプト

ひな型型の規程は「発明等」に特許・実用新案・意匠を含めるのが通例で、著作物やノウハウの扱いは会社ごとに揺れる。AI前提の開発組織では、価値の相当部分が学習データセット・評価セット・プロンプト資産・ファインチューニング済み重みに乗る。これらは特許にも著作権にもきれいに収まらない。

選択肢は2つ。規程の「発明等」の定義を広げて全部を捕捉するか、職務発明規程は特許法35条の射程に限定し、それ以外は就業規則と職務著作の規定(著作権法15条)と営業秘密管理規程で受けるか。おすすめは後者 — 35条の枠に無理に押し込むと、相当の利益の議論まで巻き込まれて設計が破綻しやすい。ただしどちらで受けるかを明記し、受け皿の文書名を規程内に書くこと。空白のまま両方の規程が「うちの管轄ではない」と言う状態が最悪である。

④ 秘匿判断時の報奨 — インセンティブの穴

出願時払い・登録時払いの2点で組む設計は、会社が「出願しない」と判断した瞬間に発明者の取り分がゼロになる。会社にとって最も価値が高い発明(=あえて出願せずノウハウとして囲う発明)で報奨がゼロになる、という逆転が起きうる。

対処は3通り。(a) 届出時に少額の一律報奨を置く、(b) 秘匿決定を独立の支払トリガとして award_event に加える、(c) 秘匿発明を実績報奨の対象に含める。(a)が最も簡単で、届出件数への効きが最も大きい。§4のシミュレータで秘匿時報奨を「出す」に切り替えると、届出したのに無報酬になる割合がどう動くか見られる。

⑤ 業務委託・副業・インターン・共同研究先

特許法35条は「従業者等」と使用者の関係を規律するもので、業務委託先の個人事業主や他社の研究者には及ばない。スタートアップは初期にこの層の比率が高く、規程を整えたのに肝心の人が対象外という事故が起きやすい。

規程側は「対象外である」と明記するだけでよい。実質は業務委託契約・NDA・共同研究契約の知財条項で受ける。ただし規程に受け皿となる契約類型と、その締結を確認する責任者を書いておくと、抜けが構造的に減る。

⑥ リモート・兼業下での「職務に属する」の線引き

35条1項の職務発明は、(i) 使用者の業務範囲に属し、(ii) 発明をするに至った行為が従業者の現在または過去の職務に属する、の2要件を満たすものをいう。副業・個人開発・OSS活動が日常化すると、この線引きの争いが増える。

規程で全ての境界を書き切ることはできない。書けるのは手続のほうである — 疑わしい場合は届け出させ、該当性は委員会が認定し、非該当なら自由発明として速やかに返す。境界を条文で定義しようとするより、境界を判定する手続を定義するほうが、はるかに機能する。これは規程設計の一般則でもある。

08 — 本題

「業務設計の憲法」という比喩を、正確にする

比喩として気持ちがいいだけでは足りない。憲法と規程が本当に共有している構造は何か、そしてそれがAIエージェントに何を要求するのか。

憲法が他の法律と違うのは、内容ではなく位置である。憲法は「何をすべきか」をあまり書かない。書くのは、誰に何の権限を与え、その権限にどんな制約を課し、権限の配分自体をどう変えるかだ。授権規範であって行為規範ではない。規程が業務マニュアルと違うのも、まったく同じ理由による。マニュアルは手順を書き、規程は誰が決めてよいかを書く。

三層対応表

機能規程(条文)情報システムAIエージェント
目的第1条 目的サービスの責務定義システムプロンプトの目的節
語彙第2条 定義型・スキーマツールの入出力契約
帰属権利帰属条項所有・不変条件成果物の帰属と署名
権限決裁・委員会条項RBAC / ポリシーツール権限と承認ゲート
手続届出・認定・決定の手順ワークフロー / 状態機械実行計画と HITL の位置
記録協議・開示・意見聴取の証跡監査ログトレースと根拠の保存
救済不服申立条項取消・訂正フローロールバックと異議の受付
改廃改廃条項(協議を要する)マイグレーション / バージョニング— 人間にしか置けない

最終行だけが空欄になる。ここがこの話の核心である。AIは上7行の全てを実行できるが、8行目だけは原理的に実行できない — 自分に権限を与えている規範を、自分で書き換えることはできないからだ。できてしまったら、それはもう授権ではない。

執行者が人間からAIに替わっても、授権の源泉は人間の合意でしかありえない。
規程が「憲法」であるのは、その一点による。

職務発明制度は、この構造がたまたま条文に明示されている珍しい例でもある。特許法35条5項が要求するのは、額が適正であることではない。額の決め方について協議し、基準を開示し、決めるときに意見を聴いたことである。実体ではなく手続で適法性を測る。そして協議も意見聴取も、人間相手の手続そのものが要件であって、内容の良し悪しで代替できない。AIが完璧な報奨金額を算出しても、意見を聴いていなければその決定は争える。逆に、額が平凡でも手続が尽くされていれば通る。

これを一般化すると、AI時代の業務設計にそのまま使える基準になる。ある工程が「結果の正しさ」で測られているなら、AIに渡せる。「手続を踏んだこと」で測られているなら、渡せない。§6の判定器のQ3が効いているのはこの区別で、能力の議論を一切せずに天井を決められるのはそのためだ。

そして、規程を書く仕事そのものは重くなる

実行がAIに移ると、規程を書く仕事は軽くなりそうに思える。実際は逆になる。人間が実行しているうちは、条文の曖昧さを現場の常識が埋めてくれる。「速やかに」は3日くらいだろう、と誰もが察する。執行者がAIになると、この暗黙の補完が消える。書いていないことは実行されないか、あるいは書いていないまま実行される。どちらも事故になる。

だから、AI化の前にやるべき作業は、モデルの選定でもツールの導入でもなく、いま暗黙に補完されている箇所を洗い出して明文化することだ。§2の状態機械を描いて行き止まりのノードを探し、§3の権限行列でDが空欄の列を探し、§5の slafail の行を全ての遷移について書く。この3つが埋まって初めて、AIに渡せる形の業務になる。

09 — 手を動かす

もくもく会での作業手順

自社の規程(なければ特許庁やIPTechの公開ひな型)を1つ持ち込んで、90分で3枚を作る。

  1. 状態を数える(15分) — 規程を読み、発明が取りうる状態を全部書き出す。付箋1枚に1状態。この時点では遷移を書かない。終端状態に印をつける。
  2. 遷移を引く(20分) — 状態のあいだに矢印を引き、それぞれにトリガを書く。入る矢印か出る矢印のないノードを探す。だいたい1つか2つ見つかる。それが規程の穴。
  3. 権限行列を埋める(20分) — 遷移を列に、規程に出てくる役職を行にして、D / A / C / I を埋める。Dが空欄の列と、DとCが同一人物の列を探す。前者は業務が止まる箇所、後者は手続的適法性が崩れる箇所。
  4. 期限と失敗時を書く(15分) — 各遷移に、期限(sla)と期限超過時の行き先(fail)を書き足す。「速やかに」としか書かれていない箇所が、そのまま候補になる。
  5. 自動化レベルを判定する(20分) — 洗い出した工程を§6の判定器にかけて、L0〜L4を割り当てる。L4がついた工程から着手し、L1がついた工程は絶対に触らない(触るとリスクだけ増えて効率は上がらない)。

持ち帰る成果物

状態遷移図1枚、権限行列1枚、自動化レベル表1枚。この3枚があると、社内で「AIを入れよう」という議論が、ツールの話ではなく権限の話として始められる。それが目的であって、図の綺麗さは目的ではない。

関連: エージェント設計を知財実務に接続する弁理士法人×企業知財部門の役割再設計FTO調査 × AIエージェント活用(工程分解の実例)

10 — Q&A

よくある反論

10人の会社に、こんな重い仕組みが要るのか

仕組みは要らない。3枚の紙は要る。状態遷移図・権限行列・期限表は、Excelでも手書きでもよく、システムを作る必要は一切ない。むしろ10人の会社ほど、Dが代表取締役に集中していて、意見聴取が省略されがちで、届出が口頭で済まされている。事故の確率は規模に反比例することが多い。

そして資金調達やM&Aのデューデリジェンスで最初に聞かれるのが「主要な特許の権利帰属は確実か」である。届出と承継の証跡がないと、ここで止まる。

報奨金は高いほど発明が増えるのでは

額と件数の関係は、実務上あまり素直ではない。§4のシミュレータで確かめられるとおり、効くのは金額よりも「出しても無駄にならない」という予測可能性のほうだ。届出の3割が不出願で無報酬になる制度と、少額でも必ず何かが返る制度とでは、後者のほうが届出が続く。

ただしこれは設計上の一般論であり、特定の企業で検証された数値ではない。経験則

AIが発明したら誰のものになるのか

現行法では、その問いは成立しない。日本の裁判所(東京地判 令和6年5月16日、知財高判 令和7年1月30日)は発明者を自然人に限ると判示しており、AI単独発明として出願する経路がない。したがって実務上の問いは「AIを道具として使ったとき、どの自然人が発明者か」になる。判断材料は、課題設定・制約条件の設計・出力の選択・検証といった、人が加えた寄与の中身である。

だから規程がやるべきことは、AIの権利を定めることではなく、その寄与を後から再現できる形で記録させることに尽きる。§7①。

規程をAIに書かせればいいのでは

草案を書かせるのは有効だし、この教材の§2〜§5のような形式化はAIが得意な作業である。ただし草案が規程になるのは、協議を経て開示されたときだけだ(35条5項)。生成された瞬間に効力を持つ文書ではない。

これは形式的な手続論ではなく、実質を伴っている。協議の過程で「うちだと出願判断が2週間止まる」「委員会は実際には開かれていない」といった、条文からは絶対に読み取れない情報が出る。その情報がないまま書かれた規程は、精巧だが現場と接続していない文書になる。

ひな型をそのまま使ってはいけないのか

出発点としては良い。ひな型の価値は、法的に落としてはいけない項目のチェックリストになる点にある。危険なのはそのまま使えていると錯覚することで、特に「発明審査委員会」のように自社に存在しない機関が条文に登場したまま運用されている状態が多い。規程に書かれた機関が実在しないと、その機関が決定権者になっている遷移は全て根拠を失う。

§3の権限行列を自社の実際の役職で埋め直す作業は、この不整合を必ず暴く。ひな型を使う場合こそ、やる価値がある。

出典と検証ステータス

何を確認し、何を確認できていないか

記述ステータス根拠
特許法35条5項が、不合理性の判断で「協議の状況・基準の開示の状況・意見の聴取の状況」を考慮すると定めること確認済特許庁 職務発明制度ページ
経済産業省告示第131号(職務発明ガイドライン)が2016年4月22日に公表され、協議・開示・意見聴取の3段階の手続を示すこと確認済特許庁 35条6項指針ページ
2015年改正法(2016年4月1日施行)で、契約・勤務規則等により権利を使用者に原始帰属させうるようになったこと確認済同上
東京地判 令和6年5月16日(令和5年(行ウ)第5001号)が、特許法上の発明者を自然人に限ると判示したこと確認済長島・大野・常松法律事務所 速報ほか
知財高判 令和7年1月30日(令和6年(行コ)第10006号)が上記の結論を維持したこと確認済ユアサハラ法律特許事務所 解説
USPTOが2024年2月にAI支援発明の発明者性ガイダンスを公表したこと確認済当サイト内 図解解説
IPTech「スタートアップ向け職務発明規程ひな型」の条文構成・条番号・文言未取得本ページ作成環境のネットワーク制限により原典にアクセスできず。本教材の条文構成は35条+指針からの一般形の再構成であり、ひな型の実際の構成とは異なりうる
出願報奨金5万円/実績報奨金 S100万円などの具体的金額原典未確認検索結果の要約に現れた数値。出所がひな型本体か解説記事かを確認できていないため、本教材では本文に採用していない(§4は利用者入力による概算モデル)
報奨金の所得区分(譲渡所得/雑所得/給与所得の区分)要個別確認国税庁タックスアンサー No.2592。適用は事案により異なるため税務専門家に確認のこと
§4シミュレータの各数値、§6の判定ロジック、§3の権限行列の配分モデル本教材の設計であり、法令・ひな型が定めるものではない