| 条 | 中身(要旨) | この教材での位置 | 決める人(ひな型の書き方) | 期限 |
|---|---|---|---|---|
| 第1条 | 目的 | §8 三層対応表「目的」 | — | — |
| 第2条 | 定義(発明等/発明者等=「創作した者」/従業者等/共同発明等/職務発明等/業務発明等/秘匿職務発明等 など10号) | §5 スキーマ | — | — |
| 第3条 | 届出(発明等を創作した従業者等が届け出る) | 状態「届出受理」 | 発明者自身 | 「速やかに」 |
| 第4条 | 権利帰属(職務発明は完成時に会社が取得。共同は持分に応じて) | 「着想・完成」→「職務発明認定」 | (規程の効果として発生) | 完成時 |
| 第5条 | 決定及び承継(職務発明は出願の要否を決定/業務発明は届出日に承継) | 「出願要否判断」 | 会社 | 各社で設定 |
| 第6条 | 権利の処分(出願・秘匿化・公知化・放棄ほか一切) | 終端状態への遷移 | 会社 | — |
| 第7条 | 協力義務 | — | — | — |
| 第8条 | 相当の利益。3つの版から選ぶ:ver.1 スタンダード(出願1万円・登録5万円・実績S〜C)/ver.2 シンプル(出願5万円・実績S〜C)/ver.3 エキスパート(出願・登録+算定式)。共同発明は寄与率で按分 | §4 支払 | 会社(ランクの区分も)。寄与率の決め方は各社に委ねている | — |
| 第9条 | 支払手続 | §4 award_event | 会社 | 出願・登録・区分決定から1年以内 |
| 第10条 | 意見の申出 | 意見聴取(35条5項) | 発明者が申し出る | 通知から30日以内 |
| 第11条 | 秘匿職務発明等(登録要件を備え、秘匿して実施し独占的利益を生じたと会社が認定したとき5万円) | 「秘匿・ノウハウ」¥ | 会社が認定 | 認定から1年以内 |
| 第12条 | 制限行為(許可なく公開・出願・実施・譲渡をしない) | §5 不変条件 | 会社の許可 | — |
| 第13〜15条 | 退職者・死亡時・出向者の取扱 | §7⑤/退職時の一括支払 | 会社/出向先との取決め | 退職時 |
| 第16条 | 規程の開示 | 35条5項「開示」 | — | 常時 |
| 第17条 | 規程の改定(第8〜11条を改定するときは協議) | 35条5項「協議」 | 会社 | — |
ひな型は、少人数の会社がそのまま運用できるよう、決める人を「会社」にまとめ、手続を簡潔に保っている。発明者を「創作した者」と定義して届出を本人に任せる書き方も、多くの職務発明規程に共通するもので、発明者が自ら届け出てくる開発ではこれで十分に機能してきた。自社に当てはめるときに書き足す候補は三つある。① 社内の誰が「会社」として決めるか(代表取締役か、知財担当か)。§3の権限行列で埋める。② 届出と出願要否判断の目安期間。ひな型が日数を置いているのは支払と意見の申出で、届出(「速やかに」)と出願要否判断の期間は各社の実情に合わせて決める部分である。§5の sla で扱う。③ 発明者の認定と寄与率の決め方。AIを使う開発では、この部分の重みが増す。→ 続編:着想か、実装か — AIが解き、人が問うとき、発明者は誰か
条文と業務フローが同じものだと言えるのは、比喩としてではない。規程が定めているものの正体を数えると、設計物の構成要素と一対一で対応する。
職務発明規程が実際に決めているのは、次の5つだけである。第1に語彙 — 「従業者等」「発明等」「職務発明」が何を指すか。第2に初期状態 — 権利が最初に誰のものとして発生するか。第3に遷移 — 届出があったら何が起き、次に誰が何を判断するか。第4に債務の発火条件 — どの遷移が会社に支払義務を生じさせるか。第5に手続の適法性要件 — 何を記録し、誰の意見を聴かなければその決定が無効になるか。
この5つは、それぞれ型定義、データモデルの不変条件、ステートマシン、イベントハンドラ、監査ログである。呼び名が違うだけで、指しているものは同じだ。だから規程を「読む」代わりに「実装する」ことができるし、実装してみると規程の穴が出る。穴は必ず、状態が定義されているのに、そこへ入る遷移か、そこから出る遷移のどちらかが書かれていないという形で現れる。
下のレイヤ切替は、規程を6層に分解したものだ。ひとつの条文が同時に複数の層に属することはない — もし属しているなら、その条文は分割すべきである。これが規程を設計物として読むときの最初の作業になる。
ノードをクリックすると、その状態に「何が入ってきて」「誰が次を決め」「いつまでに」「何を記録し」「いくら払うのか」が出る。¥マークは金銭債務が発火する状態。破線の枠は終端状態(そこから先の遷移がない)。
この図で最初に目につくべきは、終端状態が4つあるのに、そのうち3つは金銭債務を発火させないことだ。自由発明・権利返還・権利消滅には報奨がない。そして残る1つ「秘匿・ノウハウ化」が、多くの規程で最も議論になる箇所になる — §4で扱う。
状態機械が「何が起きるか」を決めるのに対し、権限規定は「その遷移を発火させてよいのは誰か」を決める。両者は独立の軸で、掛け合わせると業務システムのアクセス制御定義そのものになる。
下表の縦軸は規程が登場させるアクター、横軸は状態機械の各遷移。D=決定権者(この人の意思表示で遷移が発火する)、A=承認(Dの前段で必要)、C=諮問・意見聴取の相手、I=通知先、—=関与しない。実務でありがちな失敗は、Dが空欄のまま運用されている遷移が存在することで、これは「誰も決めていないので永久に止まる」状態を生む。
| 遷移 → アクター ↓ |
届出受理 | 職務発明 該当性認定 | 出願要否 決定 | 外国出願 決定 | 報奨金額 決定 | 放棄・ 権利消滅 | 不服の 裁定 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 発明者(従業者等) | 起票 | C | C | — | C | I | 申立 |
| 所属長 | A | C | C | — | — | — | — |
| 知財担当 | D | 起案 | 起案 | 起案 | 起案 | 起案 | 事務局 |
| 発明審査委員会 | — | D | D | C | D | A | C |
| 代表取締役 | — | — | A | D | A | D | D |
| 外部弁理士 | — | C | C | C | — | C | — |
この表がなぜ「AI時代の憲法」なのかは、ここで一度言っておく価値がある。AIエージェントに業務を渡すとき、必要になるのはプロンプトではなく、この表の行を1つ増やせるかどうかの判断である。「AIエージェント」という行を足して、各列に D / A / C / I / — のどれを入れるか。入れられない列があるなら、そこは自動化してはいけない列だ。プロンプトエンジニアリングの話ではなく、授権の話になる。
スライダを動かすと、届出件数から定常状態の年間報奨金支出、1件あたり総コスト、そして「届出したのに1円も出ない発明の割合」が出る。
相当の利益の設計で最初に理解すべきは、支払が状態ではなく遷移に紐づくことだ。「特許を持っていること」に対して払うのではなく、「出願した」「登録された」「実績が出た」というイベントの発生時点で債務が生じる。したがって会計上は引当ではなく発生主義のイベント記録になり、システム上は award_event テーブルが状態遷移ログの子テーブルとして自然に立つ。
ここまでの3枚(状態機械・権限行列・支払パイプライン)が揃うと、データモデルは機械的に決まる。逆に言えば、スキーマが書けない規程は、規程の側に穴がある。
この設計で肝になるのは、下段の3テーブルが業務データではなく適法性の証拠であるという点だ。特許法35条5項は、相当の利益の内容の定めが「不合理であってはならない」とし、その判断において基準策定時の協議の状況・基準の開示の状況・額の決定時の意見聴取の状況を考慮すると定める。つまり手続の記録がないこと自体が、支払額の妥当性を崩す。金額が適正でも、経緯が残っていなければ争える。
INV-4 と INV-5 が、ふつうの業務システムには出てこない種類の制約である。「支払額を決める」という操作を、意見聴取レコードがなければDBレベルで拒否する。運用ルールではなく制約として書く。これができるかどうかが、規程を実装したと言えるかどうかの分かれ目になる。
INV-7 は、生成AI以前に作られた多くの規程と同じく、ひな型にも置かれていない。AIを使う組織では必要になる — 未公開の発明内容を学習に使われうる外部サービスへ入力した時点で、秘密管理性が崩れ、営業秘密としての保護も、新規性の維持も危うくなるからだ。§7で扱う。
状態遷移も同じ書き方ができる。事前条件と事後条件を明記すると、規程の文が半分に減り、抜けが露出する。
最後の fail 行が重要だ。多くの規程は「速やかに判断する」と書いて終わる。速やかにが破られたときに何が起きるかを書いていない規程は、状態機械として不完全である。判断が止まった発明は、届出済のまま何年も滞留し、やがて発明者が退職して誰も内容を説明できなくなる。実務で最も頻繁に起きる事故は、条文違反ではなくこの沈黙のほうだ。
工程名のボタンで想定シナリオを読み込み、4問に答えると自動化レベル(L0〜L4)が出る。判定は上限方式 — どれか1つでも制約がかかれば、そこが天井になる。
「AIでできるか」を能力の問題として議論すると答えが出ない。能力は上がり続けるからだ。決着がつくのは、能力ではなく責任の問いに置き換えたときである。次の4つで足りる。
| Lv | 誰が実行するか | 人間の関与 | 典型例 |
|---|---|---|---|
| L0 | 人 | 全部 | 意見聴取の場での対話そのもの |
| L1 | 人(AIは記録・要約・下書きのみ) | 判断は全て人 | 協議・意見聴取の議事録作成、届出書のドラフト |
| L2 | AIが案を作り、人が全件レビューして決裁 | 全件 | 職務発明該当性の一次判定、寄与度の論点抽出 |
| L3 | AIが実行、人は例外とサンプルのみ | 抜取+例外 | 先行技術の初期スクリーニング、記載不備チェック |
| L4 | AIが完結、人は事後監査 | 事後のみ | 報奨金額の計算、期限計算とアラート、証跡の突合 |
多くの職務発明規程と同じく、ひな型は「人間が発明し、人間が届け出る」という、これまでの開発の実態を前提に組まれている。AIを使う組織でこの前提が変わるときに、各社が書き足す候補を条文候補の形で挙げる。
日本では、AIを発明者と記載した出願は認められない。東京地判 令和6年5月16日(令和5年(行ウ)第5001号/DABUS事件)は、特許法上の「発明者」は自然人に限られると判示し、知財高判 令和7年1月30日(令和6年(行コ)第10006号)も結論を維持した。米国USPTOも2024年2月のガイダンスで、AI支援発明は自然人がsignificant contribution をしていれば特許適格としつつ、発明者は自然人でなければならないとしている。なお、このガイダンスは2025年11月28日に全部撤回され、現行版はAIを道具とし、従来の着想(conception)の基準で判断している。
つまり実務上の問題は「AIが発明者になれるか」ではなく、AIを使って生まれた発明について、どの自然人が発明者なのかを、後から説明できる形で残せるかに移った。届出フォームに次のフィールドが要る — 使用したAIツール名/AIに与えた入力(課題設定・制約条件)/AI出力のうち採用した部分/人が加えた着想・選択・検証。これは条文というより届出書の様式の問題であり、規程本体には「AIを利用した場合は利用状況を申告しなければならない」の一文があれば足りる。
秘匿を選んだ発明、および出願前の発明の内容を、学習に利用されうる外部サービスへ入力する行為は、秘密管理性を崩し、場合によっては新規性喪失のリスクにも触れる。従来の秘密保持条項は「第三者への開示」を禁じているが、AIサービスへの入力が「開示」に当たるかは条文上明らかでないことが多い。
書くべきは禁止だけではない。許可リストと、その更新権限を誰が持つかを書く。禁止だけの条文は必ず破られる — 業務が回らなくなるからだ。「この用途にはこのサービスを使ってよい」を維持する責任者を置いたほうが、実効性が高い。
ひな型型の規程は「発明等」に特許・実用新案・意匠を含めるのが通例で、著作物やノウハウの扱いは会社ごとに揺れる。AI前提の開発組織では、価値の相当部分が学習データセット・評価セット・プロンプト資産・ファインチューニング済み重みに乗る。これらは特許にも著作権にもきれいに収まらない。
選択肢は2つ。規程の「発明等」の定義を広げて全部を捕捉するか、職務発明規程は特許法35条の射程に限定し、それ以外は就業規則と職務著作の規定(著作権法15条)と営業秘密管理規程で受けるか。おすすめは後者 — 35条の枠に無理に押し込むと、相当の利益の議論まで巻き込まれて設計が破綻しやすい。ただしどちらで受けるかを明記し、受け皿の文書名を規程内に書くこと。空白のまま両方の規程が「うちの管轄ではない」と言う状態が最悪である。
出願時払い・登録時払いの2点で組む設計は、会社が「出願しない」と判断した瞬間に発明者の取り分がゼロになる。会社にとって最も価値が高い発明(=あえて出願せずノウハウとして囲う発明)で報奨がゼロになる、という逆転が起きうる。
対処は3通り。(a) 届出時に少額の一律報奨を置く、(b) 秘匿決定を独立の支払トリガとして award_event に加える、(c) 秘匿発明を実績報奨の対象に含める。(a)が最も簡単で、届出件数への効きが最も大きい。§4のシミュレータで秘匿時報奨を「出す」に切り替えると、届出したのに無報酬になる割合がどう動くか見られる。
なお、素材のひな型は第11条で秘匿報償金を置き、この点にすでに手当てをしている(登録要件を備え、秘匿して実施することで独占的な利益を生じたと会社が認定したとき5万円)。(b)の型である。会社の認定を条件にしているので、自社で使うときは、認定の手順と、出願も秘匿もしない判断(公知化・放棄)をどう扱うかを決めておくとよい。
特許法35条は「従業者等」と使用者の関係を規律するもので、業務委託先の個人事業主や他社の研究者には及ばない。スタートアップは初期にこの層の比率が高く、規程を整えたのに肝心の人が対象外という事故が起きやすい。
規程側は「対象外である」と明記するだけでよい。実質は業務委託契約・NDA・共同研究契約の知財条項で受ける。ただし規程に受け皿となる契約類型と、その締結を確認する責任者を書いておくと、抜けが構造的に減る。
35条1項の職務発明は、(i) 使用者の業務範囲に属し、(ii) 発明をするに至った行為が従業者の現在または過去の職務に属する、の2要件を満たすものをいう。副業・個人開発・OSS活動が日常化すると、この線引きの争いが増える。
規程で全ての境界を書き切ることはできない。書けるのは手続のほうである — 疑わしい場合は届け出させ、該当性は委員会が認定し、非該当なら自由発明として速やかに返す。境界を条文で定義しようとするより、境界を判定する手続を定義するほうが、はるかに機能する。これは規程設計の一般則でもある。
比喩として気持ちがいいだけでは足りない。憲法と規程が本当に共有している構造は何か、そしてそれがAIエージェントに何を要求するのか。
憲法が他の法律と違うのは、内容ではなく位置である。憲法は「何をすべきか」をあまり書かない。書くのは、誰に何の権限を与え、その権限にどんな制約を課し、権限の配分自体をどう変えるかだ。授権規範であって行為規範ではない。規程が業務マニュアルと違うのも、まったく同じ理由による。マニュアルは手順を書き、規程は誰が決めてよいかを書く。
| 機能 | 規程(条文) | 情報システム | AIエージェント |
|---|---|---|---|
| 目的 | 第1条 目的 | サービスの責務定義 | システムプロンプトの目的節 |
| 語彙 | 第2条 定義 | 型・スキーマ | ツールの入出力契約 |
| 帰属 | 権利帰属条項 | 所有・不変条件 | 成果物の帰属と署名 |
| 権限 | 決裁・委員会条項 | RBAC / ポリシー | ツール権限と承認ゲート |
| 手続 | 届出・認定・決定の手順 | ワークフロー / 状態機械 | 実行計画と HITL の位置 |
| 記録 | 協議・開示・意見聴取の証跡 | 監査ログ | トレースと根拠の保存 |
| 救済 | 不服申立条項 | 取消・訂正フロー | ロールバックと異議の受付 |
| 改廃 | 改廃条項(協議を要する) | マイグレーション / バージョニング | — 人間にしか置けない |
最終行だけが空欄になる。ここがこの話の核心である。AIは上7行の全てを実行できるが、8行目だけは原理的に実行できない — 自分に権限を与えている規範を、自分で書き換えることはできないからだ。できてしまったら、それはもう授権ではない。
職務発明制度は、この構造がたまたま条文に明示されている珍しい例でもある。特許法35条5項が要求するのは、額が適正であることではない。額の決め方について協議し、基準を開示し、決めるときに意見を聴いたことである。実体ではなく手続で適法性を測る。そして協議も意見聴取も、人間相手の手続そのものが要件であって、内容の良し悪しで代替できない。AIが完璧な報奨金額を算出しても、意見を聴いていなければその決定は争える。逆に、額が平凡でも手続が尽くされていれば通る。
これを一般化すると、AI時代の業務設計にそのまま使える基準になる。ある工程が「結果の正しさ」で測られているなら、AIに渡せる。「手続を踏んだこと」で測られているなら、渡せない。§6の判定器のQ3が効いているのはこの区別で、能力の議論を一切せずに天井を決められるのはそのためだ。
実行がAIに移ると、規程を書く仕事は軽くなりそうに思える。実際は逆になる。人間が実行しているうちは、条文の曖昧さを現場の常識が埋めてくれる。「速やかに」は3日くらいだろう、と誰もが察する。執行者がAIになると、この暗黙の補完が消える。書いていないことは実行されないか、あるいは書いていないまま実行される。どちらも事故になる。
だから、AI化の前にやるべき作業は、モデルの選定でもツールの導入でもなく、いま暗黙に補完されている箇所を洗い出して明文化することだ。§2の状態機械を描いて行き止まりのノードを探し、§3の権限行列でDが空欄の列を探し、§5の sla と fail の行を全ての遷移について書く。この3つが埋まって初めて、AIに渡せる形の業務になる。
自社の規程(なければ特許庁やIPTechの公開ひな型)を1つ持ち込んで、90分で3枚を作る。
状態遷移図1枚、権限行列1枚、自動化レベル表1枚。この3枚があると、社内で「AIを入れよう」という議論が、ツールの話ではなく権限の話として始められる。それが目的であって、図の綺麗さは目的ではない。
関連: エージェント設計を知財実務に接続する / 弁理士法人×企業知財部門の役割再設計 / FTO調査 × AIエージェント活用(工程分解の実例)
仕組みは要らない。3枚の紙は要る。状態遷移図・権限行列・期限表は、Excelでも手書きでもよく、システムを作る必要は一切ない。むしろ10人の会社ほど、Dが代表取締役に集中していて、意見聴取が省略されがちで、届出が口頭で済まされている。事故の確率は規模に反比例することが多い。
そして資金調達やM&Aのデューデリジェンスで最初に聞かれるのが「主要な特許の権利帰属は確実か」である。届出と承継の証跡がないと、ここで止まる。
額と件数の関係は、実務上あまり素直ではない。§4のシミュレータで確かめられるとおり、効くのは金額よりも「出しても無駄にならない」という予測可能性のほうだ。届出の3割が不出願で無報酬になる制度と、少額でも必ず何かが返る制度とでは、後者のほうが届出が続く。
ただしこれは設計上の一般論であり、特定の企業で検証された数値ではない。経験則
現行法では、その問いは成立しない。日本の裁判所(東京地判 令和6年5月16日、知財高判 令和7年1月30日)は発明者を自然人に限ると判示しており、AI単独発明として出願する経路がない。したがって実務上の問いは「AIを道具として使ったとき、どの自然人が発明者か」になる。判断材料は、課題設定・制約条件の設計・出力の選択・検証といった、人が加えた寄与の中身である。
だから規程がやるべきことは、AIの権利を定めることではなく、その寄与を後から再現できる形で記録させることに尽きる。§7①。
草案を書かせるのは有効だし、この教材の§2〜§5のような形式化はAIが得意な作業である。ただし草案が規程になるのは、協議を経て開示されたときだけだ(35条5項)。生成された瞬間に効力を持つ文書ではない。
これは形式的な手続論ではなく、実質を伴っている。協議の過程で「うちだと出願判断が2週間止まる」「委員会は実際には開かれていない」といった、条文からは絶対に読み取れない情報が出る。その情報がないまま書かれた規程は、精巧だが現場と接続していない文書になる。
よい出発点である。ひな型の価値は、法的に落としてはいけない項目を押さえたうえで、少ない手間で導入できる点にある。作成側も、職務発明規程は本来会社ごとに作るもので、ひな型をもとに微調整して使うことを想定している。気をつけたいのは、その微調整を後回しにしたまま運用を続けることだ。一般に、規程に書かれた機関(たとえば「発明審査委員会」)が自社に実在しないまま運用されている例があり、その機関が決定権者になっている遷移は根拠を失う。素材のひな型は決める人を「会社」とまとめているので、この問題は起きにくい。代わりに、社内の誰が「会社」として決めるかを決めておく。
§3の権限行列を自社の実際の役職で埋める作業は、そのための近道になる。ひな型をもとにする場合こそ、やる価値がある。
| 記述 | ステータス | 根拠 |
|---|---|---|
| 特許法35条5項が、不合理性の判断で「協議の状況・基準の開示の状況・意見の聴取の状況」を考慮すると定めること | 確認済 | 特許庁 職務発明制度ページ |
| 経済産業省告示第131号(職務発明ガイドライン)が2016年4月22日に公表され、協議・開示・意見聴取の3段階の手続を示すこと | 確認済 | 特許庁 35条6項指針ページ |
| 2015年改正法(2016年4月1日施行)で、契約・勤務規則等により権利を使用者に原始帰属させうるようになったこと | 確認済 | 同上 |
| 東京地判 令和6年5月16日(令和5年(行ウ)第5001号)が、特許法上の発明者を自然人に限ると判示したこと | 確認済 | 長島・大野・常松法律事務所 速報ほか |
| 知財高判 令和7年1月30日(令和6年(行コ)第10006号)が上記の結論を維持したこと | 確認済 | ユアサハラ法律特許事務所 解説 |
| USPTOが2024年2月にAI支援発明の発明者性ガイダンスを公表し、2025年11月28日に全部撤回して改訂版に置き換えたこと | 確認済 | Federal Register 90 FR 54636(2025-11-28)/当サイト内 図解解説 |
| IPTech「スタートアップ向け職務発明規程ひな型」の条文構成・条番号・文言 | 確認済 | 2026-10-06、IPTech掲載のWordファイル(2022年1月版)と2021年1月公開の最終版を取得して照合(両者の差は第8条の版の呼び名だけ)。全17条。冒頭の対応表に条ごとの対応を載せた。§2〜§5の構成は一般形のまま |
| 出願報奨金5万円/実績報奨金 S100万円などの具体的金額 | 確認済 | 第8条 ver.2(シンプル)の特許出願の報奨金が5万円。実績報奨金はSランク100万円〜Cランク5万円(ver.1・ver.2共通)。ver.1(スタンダード)は出願1万円・登録5万円。§4のシミュレータは引き続き利用者入力による概算モデル |
| 報奨金の所得区分(譲渡所得/雑所得/給与所得の区分) | 要個別確認 | 国税庁タックスアンサー No.2592。適用は事案により異なるため税務専門家に確認のこと |
| §4シミュレータの各数値、§6の判定ロジック、§3の権限行列の配分 | モデル | 本教材の設計であり、法令・ひな型が定めるものではない |