知財実務オンライン 第301回AI適用後の現在地 — 続・新事業創出×知的財産戦略 1 / 18
知財実務オンライン 第301回 | 2026.08.27

AI適用後の現在地

続・新事業創出×知的財産戦略 — あれから3年、AIを適用してみた

スライドは最小限。実際に動くもの・サイト上の教材を見ながら話します。
このデッキ自体も、AI × 知財 もくもく会のサイト(mokumoku.ipfde.com)の一部として公開しています。

前回(2023年8月・第155回)
新事業創出×知的財産戦略 — ゴールドラッシュ時代に何が儲かるか?
今回
あの話にAIを適用してみた「その後」— 何が変わり、何が変わらなかったか
持ち帰り
明日から始める「一人もくもく会」の具体的な一歩
00 — はじめに

今日は「会社」ではなく、もくもく会の運営者として話します

🏢 前回(2023年8月・第155回)

  • 「新事業創出×知的財産戦略 — ゴールドラッシュ時代に何が儲かるか?」
  • 会社の看板を背負って、知財戦略とスタートアップの話をしました
  • あれからちょうど3年。あの時の話の芯は、今も変わっていません

⛩️ 今回(2026年8月・第301回)

  • AI × 知財 もくもく会の運営者として来ています
  • 会社の事業紹介でも、製品の宣伝でもありません
  • 個人で立ち上げた場(mokumoku.ipfde.com)で見えたことを共有します

先に言っておくと——「AI時代に、知財業務で何を成すのか」という不安は、私もまだ持っています。 乗り越えた人の成功談ではなく、問いの立て方を変えたら少し楽になった、という現在地の共有です。

「もくもく会」は、私の発明ではありません。 AI駆動開発勉強会(約2万人規模)に半年ほぼ皆勤で通って学んだ、ソフトウェア業界に既にある形式です。 それを知財業界版として持ち込んだのがこの会IPFDEIP × Forward Deployed Engineer、現場に張りつく知財の作り手。

名簿ではなく、持ち寄り
会員登録はありません。作ったものを持ち寄った人がメンバー。他の方の作品も本人の許可を得て掲載。
実働は2人、成果は全員のもの
サイトの構築・運営は私と稲葉凪さんの2人。教材もツールも参加者の成果物です。
出すのはオープン情報と失敗談だけ
勤務先の設備・非公開データ・案件は持ち込みません。公開情報と、自分がつまずいた過程だけ。
00b — 前回から今日までの間

この3年で、師の教えは古びたのか

2023.06
「ChatGPTで変わる知財業務DX」に登壇
4人での公開イベント。資料自体もChatGPTで作っていた=道具としては、もう使っていた
2023.08
知財実務オンライン 第155回
その2ヶ月後。「新事業創出×知的財産戦略」— なのに生成AIの話は一言もしていない 読み直した記事 ↗
2026.02
グローバル知財戦略フォーラム2026(特許庁・INPIT共催)
パネル「知財業務におけるAI活用の最新動向」に登壇。丸島儀一先生の「三位一体」は古びたのかを問うた
2026.08
今回(第301回)
問いに答えを出すため、実際に手を動かし続けた1年の現在地を持ってきました

まず、自己採点から。外れ——3年前のあの回で、私は生成AIの話を一言もしていません。しかも「知らなかった」のではない。 その2ヶ月前にはChatGPTのイベントに登壇していた。道具としては、もう使っていた。なのに知財戦略の話とは接続していなかった——つまり当時の私自身が、あとで出てくる「チャット止まり」でした。 当たり——事業・研究開発・知財を連動させる三位一体は、まったく古びていない。不確実性の中を進むスタートアップの思考フレームそのものでした。 AIが上げるのはその実行速度と視野の広さ何のために戦うのかを決める覚悟は、人間に残ります。

事業仮説
この市場を、この方式で創れるはず
技術仮説
その方式を成立させる新技術を創る
知財仮説
その技術のクリアランスと権利化を同時に進める
01 — 適用してわかったこと

知財業務は速くなる。しかし本質は変わらない

⚡ 変わるもの — 速度と物量

  • クリアランス調査・先行技術調査の一次スクリーニング
  • 公報の読み込み・要約・分類・翻訳
  • 調査結果の可視化・レポート整形
  • 「人手では諦めていた物量」が射程に入る

🧭 変わらないもの — 責任の所在

  • 侵害リスクの最終判断は人間の責任領域
  • 権利化の方針決定・戦略の意思決定
  • 依頼者・経営への説明責任
  • AIの出力を検証できる目の価値はむしろ上がる

だから結論はシンプル:AI活用を前提にした「自作の道具」を持つ側に回る。もくもく会はそのための学びの場。

02 — 整理の型

発表・発明を語る型:目標 → 解決手段 → 特許化ルート

技術の話も、AI活用の話も、この3段で語ると知財の議論に接続できます。

① 目標
何を達成したいのか。困りごと・制約条件を先に言語化する。
② 解決手段
どう解いたか。構成・工夫・従来との差分。ここが発明の芯になる。
③ 特許化ルート
権利化するなら何をクレームするか。公開・秘匿・権利化の使い分け。

AIで作った道具・ワークフローも同じ型で棚卸しできる。「作ったもの」を「知財」に変換する回路を持つことが、知財部門ならではのAI活用。

03 — 世の中の現在地

多くの活用は、まだ「チャット止まり」

聞けば答えてくれる。それは入口であって、ゴールではない。

STEP 1
チャット
都度聞いて、都度答えをもらう
STEP 2
道具化
繰り返す作業をツール・スキルにする
STEP 3
データ基盤
ローカルDBに素材を蓄える
STEP 4
エージェント
業務フローを任せて回す
STEP 5
工場
24時間動き続ける生産ライン

今日お見せするのは STEP 2〜5 の実例。「ここまでできる」を体感してもらうのが目的です。

04 — いちばん大事な発想の転換

料理人(AI)より先に、厨房と冷蔵庫を整える

🧑‍🍳 ありがちな期待
「腕のいい料理人(高性能AI)を雇えば、うまい料理が出てくる」
→ 実際は、冷蔵庫が空だと何も作れない。都度スーパーに走る(毎回検索・毎回コピペ)ことになる。
🧊 実際に効いたこと
素材(ローカルDB・整形済みデータ)道具(自作ツール・スキル)を先に整える。
→ 同じAIでも出力の質と再現性が別物になる。

もうひとつの鍵はフローからストックへ。チャットの答え(フロー)はその場で消える。 結果をDBに蓄積(ストック)し続けると、蓄積そのものが次の示唆を生む資産になる。

フロー型
聞く → 答え → 消える。毎回ゼロから。一過性のプロトタイプ。
ストック型
聞く → 答え → 貯める → 貯まったものにまた聞く。長時間安定稼働する継続的なデータ・計算基盤。
04b — 「道具」の実例

特許分類を、AIの記憶で語らせない

「このFIは何ですか」とチャットに聞くと、それっぽい答えが返ってくる。でも出典がない。 分類は実務の根拠になる情報なので、ここを推測で通すわけにはいきません。

😐 チャットに聞く

  • モデルの記憶とWeb検索頼み
  • 版(改正)の違いが反映されない
  • 出典が示せない
  • 毎回聞き直し=フロー

🗂️ 手元のDBから引く

  • 特許庁PMGSデータをSQLite化
  • FI・Fターム・IPCの定義/階層/版
  • 正確な文言と出典つきで返る
  • MCP経由でAIからも同じDBを参照=ストック
使い方は3行
uv tool install pmgs-reference
pmgs setup <PMGSディレクトリ> --client codex --register
→ Python / CLI / MCP から同じ SQLite を検索
🐙pmgs-reference(GitHub・Apache-2.0)
Nagi-Inaba/pmgs-reference — Python。まさに「冷蔵庫と道具」を整える一手
05 — ストックの規模感

ある週末、工場を止めずに回してみた

金曜の夜に点火して、月曜の朝に止めた。その間、人は寝ています。

82時間
ローカルLLMの連続稼働
金曜20:32 → 月曜06:03
7,656
生成したクレーム候補
(957ラウンド)
2,942
評価を生き残った候補
投入した種61個 → 自己増殖で193個

使ったのは手元のマシンとローカルLLM。クラウドの従量課金を気にせず「止めない」ことができるのがローカル側の効き所です。

ただし、この数字は自慢話ではなく反省材料でもあります — 停止条件を「月曜の朝」という時刻だけにしていたため、すでに見つけた筋を3日間再生産し続けた。 生産量1位の枠は、後から調査で「黒」と確定した領域でした。
工場は建てただけでは足りない。何を作らせ、いつ止めるかの設計が要る。

素材の側も同じで、特許庁の一括データ提供は個人でも申し込める規模(数十TB級)。必要なのは高価なSaaSではなく 公的データ + ローカルDB + AI

INTERMISSION — 前半おわり

コーヒーブレイク

質問等がございましたら
YouTube のコメント欄にご記入ください。

アーカイブでご覧の方は、もくもく会サイトの掲示板(/together)へどうぞ。
時間内に答えきれなかった質問は、後日 note で補足します。

ここまで(前半)
AI適用後の現在地 — 変わるもの/変わらないもの、厨房と冷蔵庫、工場を回した実績
このあと(後半)
実際に動くもの・作ってみた話 — そして「一人もくもく会」のはじめ方へ

mokumoku.ipfde.com — このデッキも教材も、サイト上で公開しています

07 — 歴史に学ぶ

AIの24時間稼働は、産業革命の「工場」に似ている

手仕事が機械化されたとき、人は工場長になるか、ライン工になるかの選択を迫られた。 いま同じ岐路に立っている — AIを使う側に回るか、AIに使われる側に回るか

🏭 敷地
メモリ・ストレージ。データを置く場所がなければ工場は建たない。
⚡ 動力
GPU・電力。計算資源への投資は工場の蒸気機関に相当する。
👷 役割の選択
ラインを設計する側か、ラインに組み込まれる側か。選ぶのは自分。
07b — 自省

「役割は自分で選ぶ」と言った、その影の側

いま「選ぶのは自分」と言いました。『女工哀史』の読み物では「自分は主任である」と書きました。 書いていなかったのは、その先に何が起きるかです。

ドヤ | できない人・取り組まない人への否定

  • ドヤ感を強く出す
  • 「しようがない人」と分類する
  • 押し付けたくなる・布教したくなる

切迫 | 追い抜かれる・陳腐化するという怖さ

  • 威勢を張っていないと立てない
  • 劣等感がある・焦りが消えない
  • 優位は数ヶ月で消えうる

逆向きの感情に見えて、たぶん一つの機制の表と裏です。本当の相手(陳腐化の速度、モデルを持つ側)は殴れない。だから殴れる相手に照準が移る。—— 見下しは、切迫を感じないで済ませるための麻酔だった。

07c — 自省つづき

ドヤの強さは、地位の高さではなく低さの証拠

無力さが腐敗させる
組織を腐らせるのは権力ではなく無力さだ、とカンターは書きました。細かく人を締めつけるのは、強い管理職ではなく弱い管理職のほう。決定権のある側は、道具の習熟を誇示する必要がない。
自分の綻び
「発明は特許発明に限らない。制度外の資産は欠如ではなく別の資産クラスだ」と言ってきた自分が、「AIをやらない人」とは言っていた。同じ欠如フレームでした。新しい信念は要らない、適用漏れを直すだけです。

だから今日の話も、押し付けにならないようにしたい。「学べる」と「学ぶべき」の間には価値判断が挟まっています。正しい命題ほど、相手の自律性を奪う道具に転用しやすい。

08 — なぜ「会」でやるのか

変化が速いほど、共有する場の価値が上がる

福澤諭吉は幕末に洋書を輸入し、訳し、講じることから慶應義塾を始めた。 先端情報を輸入し・共有し・教育と研究の基盤にする場は、変化の速い時代にこそ効く。

持ち寄る
一人の苦闘と発見を、みんなの武器に変える。教材もツールもサイト自体も参加者の成果物。
マッシュアップ
他人の道具に自分の素材を掛け合わせる。組み合わせが新しい道具を生む。
再現する
「すごい」で終わらせない。手順・環境・依存関係ごと共有し、翌日自分の手で再現する。
09 — 持ち帰り

一人もくもく会のはじめ方

時間を区切って、手を動かして、作ったものを残す。それだけ。順番はこの3段。

まず
チャットを卒業する
同じ質問を2回したら、それはツール化のサイン
つぎに
冷蔵庫を作る
自分の業務データを1つ、ローカルDB(SQLiteで十分)に入れる
そして
任せてみる
DB×AIで小さな業務フローを1本、エージェントに任せる

週に90分、「もくもく会の流れ」(宣言→もくもく→中間シェア→もくもく→成果発表)を一人でやるだけでも回り始めます。 詰まったら掲示板へ。持ち寄れば誰かの武器になります。

CLOSING

まとめ — 現在地から次へ

① 本質は変わらない
AIで業務は速くなるが、判断と責任は人間に残る。だから検証できる目と自作の道具を持つ。
② 厨房から整える
料理人(AI)より冷蔵庫(DB)と道具。フローで消費せず、ストックに変える。
③ 工場長の側に回る
敷地(メモリ)・動力(GPU・電力)・ラインの設計。ただし道具の習熟で座れるのは主任までで、その椅子は一時的。だから、見下す側には回らない。
④ 一人で始めて、持ち寄る
一人もくもく会で手を動かし、成果と詰まりを共有の場へ。

教材・ツール・掲示板はすべてここに: mokumoku.ipfde.com

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