特許調査の下流には「数百件のリストを読んで関係あるものに印を付ける」作業がある。これを Excel から出ずに AI にやらせる最小構成が、知財・情報フェア2026(2026年9月17日)で野崎篤志氏(イーパテント)の「ライブ特許分析®」として公開実演された(配信アーカイブ)。発明の名称と要約を読ませ、隣の列に○×と10〜20字の理由を書かせる。それだけである。
面白いのはそこから先で、同じデータ・同じプロンプトを Claude for Excel と Copilot in Excel に入れると要所で判断が割れた。本稿はその実演を、手元で再現できる手順と運用ルールに整理する。判定例や数字は野崎氏の実演時のもので、解釈の責任は筆者にある。題材は「ボウリングのボール」に関する特許80件。テーマが単純なほど、AI の判定傾向の差が見えやすい。
前提は「特許データベースから CSV か Excel でリストを落として使う」という、多くの知財部門が既にやっている運用である。Claude を契約しているなら Claude for Excel のアドイン、Copilot が入っているなら右下の Copilot から、同じことができる。
| 列 | 内容 | 誰が書くか |
|---|---|---|
| E | 発明の名称 | データベースから落としたまま |
| H | 要約 | 同上 |
| I | ○ または ×(ボウリングのボールに関する特許・実用新案か) | AI |
| R | なぜ○(×)にしたか。10〜20字の日本語 | AI |
プロンプトは実演で使われたものを、列の役割が分かるように書き直すとこうなる。
E列(発明の名称)とH列(要約)のテキストを読み、 「ボウリングのボール」に関する特許または実用新案であれば I列に ○、 そうでなければ I列に × を入れてください。 さらに R列に、なぜ ○ または × にしたかの理由を、日本語で10〜20字程度で書いてください。
実演で最も強調されたのがここだった。○×だけを書かせると、後で見直すときに×を全部読み直すしかなくなる。理由が隣にあれば、○の群からサンプリングして的外れを除く作業が、ゼロから精読するより桁違いに速い。感覚値で精度は7〜8割、2〜3割は誤判定が混じるので、理由付きの判定ログは必須である。
実演ではモデルに Opus 5 が選ばれ、「一番いいのは Fable だが今日は Opus で」という補足があった。判定だけならこれで足りるが、後述のクラスタリングでは上位モデルの差が出る。
同じ80件を隣にコピーし、Copilot in Excel にまったく同じプロンプトを入れる。I 列と、Copilot 側の判定列を IF 関数で突き合わせると、一致している行が大半で、いくつか割れる。実演で挙がった割れ方は次の二つだった。
| 案件 | Copilot | Claude | 読み方 |
|---|---|---|---|
| ソフトボウリング(軽量ボールを含むセット用具) | ○ | × | 「ボール」を含むセット用具。Copilot はボールの語で拾い、Claude は「ボールそのもの」ではないと切った |
| ボール返却装置(ボールの通過を制御する、ボウリング場の機械) | ○ | × | ボールを扱う装置。Copilot はボウリング場の設備として広く取り、Claude は主題がボールでないと判断 |
Claude は「ボールそのもの」に厳密で、Copilot はキーワードに敏感で広く拾う。
どちらが正しいかは目的で決まる。ピンポイントに関連の高いものを抽出したいなら Claude の厳密さが効く。クリアランス調査のように漏れを避けたいなら Copilot の広さが安全側に働く。実演で示された運用ルールは単純だった。
さらに Google スプレッドシートには =AI("プロンプト") でセルの中から Gemini を呼ぶ関数がある。野崎氏は Claude・Copilot・Gemini を含め最大4系統で○×を並べ、多数決で集計する運用をしていると述べた。系統を増やすほど「割れ」の意味が濃くなる。
○×の次は分類である。実演では、80件の名称と要約を Claude に読ませ、「ボウリング関連特許を技術クラスタに分類してください。クラスタ数は7〜9程度で」と指示した。結果は次のようなまとまりになった。
出願人とクロス集計すれば、どの社がどの塊に偏っているかが件数で見える。ここでも「Haiku ではなく上位モデルを」という注意があった。判定は軽いモデルで足りるが、クラスタリングはモデルの理解力の差がそのまま出る。
野崎氏の締めくくりは注意喚起だった。FI や IPC といった既存分類と同じで、AI のクラスタリングやテキストマイニングは、渡した80件の範囲でしか塊を作らない。既存分類にない新しい切り口や、まだ公開されていない知見に基づく発見は出てこない。依頼者である技術者や事業部の観点——想定用途、潜在課題、新技術の出現仮説——を人間が分析軸として先に置き、AI は広い母集団を処理する補助に回す。この役割分担を崩すと、きれいな図が出るだけで戦略に接続しない。
同じ80件を全員が手元で判定し、割れた案件を持ち寄ると、モデルごとの「解釈の癖」が1時間で見える。題材は J-PlatPat から落としたリストで足りる。割れの理由を並べて眺めるのが、この演習のいちばん面白いところである。