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SERIES 世界を数式で描く ― 01

数学は世界を記述する言語か?映像ができる3つの経路

「物理学や数学は、世界の原理を記述する言語だ」。この直感は、出発点として正しいと思います。ただ、そのままだと少し粗い。3つの補正を加えると、CG や動画生成AI がなぜ今の形をしているのかまで見通せるようになります。

この記事で持ち帰る3行
  1. 数学が書けるのは、ものの「中身」ではなく「関係(構造)」
  2. 物理法則は、適用できる範囲つきの近似(有効理論)
  3. 書けることと、予測できることは別

直感は正しいか

精密に言い直すと、こうなります。数学は「構造(関係)」の言語であり、物理はその中から「この世界で成り立つ構造」を、あるスケールでの近似として選び出したもの。以下、3つの補正を順に見ます。

補正1:書けるのは「関係」

科学の歴史では、何が「ある」と考えるかが何度も入れ替わってきました。たとえば光は、かつて目に見えない媒質(エーテル)を伝わる波だと考えられ、その考えは後に捨てられました。ところが、そのころに作られた光の反射や屈折の式は、電磁気の理論の中にそのまま残りました。中身の説明は入れ替わっても、式の形(量と量の関係)は生き残ったのです。数学が確実に捉えているのは、ものの正体よりも、関係のほうだと考える立場があります(構造実在論)。

補正2:法則には適用範囲がある

ニュートンの力学は、光の速さよりずっと遅い世界での近似です。流体の式は、無数の分子を平均した近似です。物理学は、「この範囲なら、これで十分に正しい」という理論(有効理論)の積み重ねでできています。この考え方は、そのまま CG の近似(02)につながります。

V01-2

有効理論スライダー:ニュートンはどこまで正しいか

何を見るか同じ物体の運動エネルギーを、ニュートンの式(青)と相対性理論の式(橙)で計算し、重ねて描いています。 触ってみよう速さを光速の0.1倍、0.5倍、0.9倍と上げていき、2本の線のずれを見る。
エネルギーは、静止したときのエネルギー mc² を1とした単位で表しています。「ずれ」は(相対性理論 − ニュートン)÷ ニュートンです。
数式で見る
ニュートン:K = ½ m v²   相対性理論:K = (γ − 1) m c², γ = 1 / √(1 − v²/c²)

v が c よりずっと小さいとき、(γ − 1) m c² を展開すると ½ m v² + (3/8) m v⁴ / c² + … となり、最初の項がニュートンの式です。速さが光速の1割なら、ずれは1%に届きません。

補正3:書けても予測できない

式が単純でも、長い先までは予測できないことがあります。初めの状態のわずかな違いが、時間とともに急速に大きくなる系があるからです。これをカオスと呼びます。式は完全に分かっていて、計算も正確なのに、測りきれない最初の誤差が、やがて答えを支配します。

V01-3

二重振り子:0.001ラジアンの違いが育つ

何を見るか2本の二重振り子を、最初の角度だけ 0.001 ラジアン(約0.06度)変えて、同じ式で同時に動かします。右下のグラフは2つの角度の差を、縦軸を対数にして描いたものです。 触ってみよう再生して、しばらくは重なって見える2本が、ある時から急に別の動きになるのを見る。グラフでは差がほぼ直線的に増える=指数的に育っています。
運動方程式を4次のルンゲ=クッタ法(刻み 0.002 秒)で解いています。腕の長さはどちらも1m、おもりはどちらも1kg、最初の角度は 120° と −10°。

なぜ数学がこれほど効くのか

それでも数学がこれほど役に立つのは、世界に対称性・局所性・なめらかさがあり、だから短く書ける(圧縮できる)からだと考えられます。代表例がネーターの定理です。「物理法則が時間によって変わらない」という対称性からエネルギーの保存が、「場所によって変わらない」という対称性から運動量の保存が、数学的に導かれます。法則の形は、世界の対称性の写しでもあるのです。

映像ができる3つの経路

ここからシリーズ全体の地図です。「世界」から「映像」を作る道は、大きく3つあります。違いは、途中で方程式を通るかどうかです。

V01-1

3経路マップ

何を見るかA と B は方程式を経由して映像を作ります。C は方程式を持たず、大量の動画の統計から映像を作ります。 触ってみようA・B・C の段を押す(Tab キーでも選べます)。具体例と、2つの性質が表示されます。
世界現象 映像画素 A 人間が数式にする明示的なモデル 数値計算光線追跡・シミュレーション B LLM文章とコードで学習 コードを書く数式・場面の記述 C 動画を学習確率分布を推定 ノイズから生成拡散モデル A の計算エンジンで描く 方程式を経由する(A・B) 統計だけで再現する(C)

経路を選ぶと、ここに説明が出ます。

このシリーズの図や実験は、すべて経路 B で作りました。AI が JavaScript や Blender の Python を書き、計算と描画はブラウザや Blender が担っています。02は経路 A、03は経路 C を掘り下げ、04・05は経路 A を往復する実例を分解します。

用語集

構造実在論
科学が確かに捉えているのは、ものの正体よりも、量と量の関係(構造)だとする考え方
有効理論
ある範囲(速さ・大きさ・エネルギー)でだけ十分に正しい理論。範囲の外では別の理論に置き換わる
カオス
式が決まっていても、初めのわずかな違いが急速に育ち、長い先が予測できない振る舞い
ネーターの定理
物理法則のもつ対称性から、保存される量が導かれることを示した定理
拡散モデル
ノイズを少しずつ取り除いて画像や動画を生成する AI の方式。03で扱う
ルンゲ=クッタ法
微分方程式を、1ステップの中で何度か傾きを測って精度よく進める数値解法

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