数学は世界を記述する言語か?映像ができる3つの経路
「物理学や数学は、世界の原理を記述する言語だ」。この直感は、出発点として正しいと思います。ただ、そのままだと少し粗い。3つの補正を加えると、CG や動画生成AI がなぜ今の形をしているのかまで見通せるようになります。
- 数学が書けるのは、ものの「中身」ではなく「関係(構造)」
- 物理法則は、適用できる範囲つきの近似(有効理論)
- 書けることと、予測できることは別
直感は正しいか
精密に言い直すと、こうなります。数学は「構造(関係)」の言語であり、物理はその中から「この世界で成り立つ構造」を、あるスケールでの近似として選び出したもの。以下、3つの補正を順に見ます。
補正1:書けるのは「関係」
科学の歴史では、何が「ある」と考えるかが何度も入れ替わってきました。たとえば光は、かつて目に見えない媒質(エーテル)を伝わる波だと考えられ、その考えは後に捨てられました。ところが、そのころに作られた光の反射や屈折の式は、電磁気の理論の中にそのまま残りました。中身の説明は入れ替わっても、式の形(量と量の関係)は生き残ったのです。数学が確実に捉えているのは、ものの正体よりも、関係のほうだと考える立場があります(構造実在論)。
補正2:法則には適用範囲がある
ニュートンの力学は、光の速さよりずっと遅い世界での近似です。流体の式は、無数の分子を平均した近似です。物理学は、「この範囲なら、これで十分に正しい」という理論(有効理論)の積み重ねでできています。この考え方は、そのまま CG の近似(02)につながります。
有効理論スライダー:ニュートンはどこまで正しいか
数式で見る
v が c よりずっと小さいとき、(γ − 1) m c² を展開すると ½ m v² + (3/8) m v⁴ / c² + … となり、最初の項がニュートンの式です。速さが光速の1割なら、ずれは1%に届きません。
補正3:書けても予測できない
式が単純でも、長い先までは予測できないことがあります。初めの状態のわずかな違いが、時間とともに急速に大きくなる系があるからです。これをカオスと呼びます。式は完全に分かっていて、計算も正確なのに、測りきれない最初の誤差が、やがて答えを支配します。
二重振り子:0.001ラジアンの違いが育つ
なぜ数学がこれほど効くのか
それでも数学がこれほど役に立つのは、世界に対称性・局所性・なめらかさがあり、だから短く書ける(圧縮できる)からだと考えられます。代表例がネーターの定理です。「物理法則が時間によって変わらない」という対称性からエネルギーの保存が、「場所によって変わらない」という対称性から運動量の保存が、数学的に導かれます。法則の形は、世界の対称性の写しでもあるのです。
映像ができる3つの経路
ここからシリーズ全体の地図です。「世界」から「映像」を作る道は、大きく3つあります。違いは、途中で方程式を通るかどうかです。
3経路マップ
経路を選ぶと、ここに説明が出ます。
このシリーズの図や実験は、すべて経路 B で作りました。AI が JavaScript や Blender の Python を書き、計算と描画はブラウザや Blender が担っています。02は経路 A、03は経路 C を掘り下げ、04・05は経路 A を往復する実例を分解します。
用語集
- 構造実在論
- 科学が確かに捉えているのは、ものの正体よりも、量と量の関係(構造)だとする考え方
- 有効理論
- ある範囲(速さ・大きさ・エネルギー)でだけ十分に正しい理論。範囲の外では別の理論に置き換わる
- カオス
- 式が決まっていても、初めのわずかな違いが急速に育ち、長い先が予測できない振る舞い
- ネーターの定理
- 物理法則のもつ対称性から、保存される量が導かれることを示した定理
- 拡散モデル
- ノイズを少しずつ取り除いて画像や動画を生成する AI の方式。03で扱う
- ルンゲ=クッタ法
- 微分方程式を、1ステップの中で何度か傾きを測って精度よく進める数値解法
この記事の問い
- I-1数学は発見か、発明か?数学的な対象は人と独立にあるとする立場、便利な道具とみる立場、関係(構造)こそが実在とみる立場を押さえる
- I-2なぜ世界は圧縮できるのか?対称性・局所性・なめらかさ。ネーターの定理は、対称性が保存則を生むことを示した
- I-3その法則はどのスケールで正しいのか?有効理論。「適用範囲つきの理論」として扱う(V01-2)
- I-4書けるのに予測できないのはなぜか?カオス(初めの状態への鋭い依存)。式が分かっていても長い先は読めない(V01-3)