動画生成AIは物理を理解しているのか「もっともらしい」と「正しい」の分かれ目
文章から作られた動画は、驚くほどリアルです。ボールは弾み、水は流れます。では、動画生成AI は物理の法則を身につけているのでしょうか。研究で分かっていることと、触って確かめられる例えで考えます。
- 拡散モデルは「ありそうな動画」の分布を学ぶ。方程式は持たない
- 見た目がリアルでも、物理を理解している証拠にはならない
- 物理の発見の核心は「どの変数で書くか」にある
動画生成AIは何を学んでいるか
01の3経路でいう経路 C です。動画生成AI の多くは拡散モデルという方式で作られています。大量の動画から「動画としてありそうな画素の並び」の統計(確率分布)を学び、生成するときは、ノイズだけの状態から少しずつノイズを取り除いて、ありそうな動画を取り出します。
物理の法則は、どこにも明示されていません。学習した重みの中に、統計的な相関として暗黙に入っているだけです。だから問題は、その相関が、学習したことのない状況でも法則どおりに働くかです。
ノイズから分布へ
数式で見る
∇ log p_σ(x) が「スコア」で、分布の密度が高くなる向きを指します。p_σ は、もとの分布をノイズの大きさ σ でぼかしたものです。混合正規分布なら、ぼかした分布も混合正規分布(各成分の分散に σ² を足したもの)なので、スコアを正確に計算できます。σ を大きい値から小さい値へ下げていくのが、拡散モデルの生成の考え方です。
研究で分かっていること
| 研究 | 分かったこと | 示唆 |
|---|---|---|
| Kang ほか「How Far is Video Generation from World Model: A Physical Law Perspective」(ICML 2025) | 物体の移動と衝突を扱う2D のシミュレーションで、古典力学に従う動画を作り、拡散モデルで動画を生成するモデルを学習させた。学習した範囲の内側では完全に近く予測できたが、外側では失敗した。モデルは一般的な法則を取り出しておらず、最も近い学習事例をまねる「事例ベース」の汎化をしていた。事例を参照するときの手がかりの優先順位は、色 > 大きさ > 速度 > 形。規模を大きくするだけでは法則は見つからない、と結論している | 物理と関係のない手がかり(色)に頼っている |
| Motamed ほか「Do generative video models understand physical principles?」(2025年) | 物理の理解を測るベンチマーク用データセット Physics-IQ(流体・光・材料の力学・電磁気・熱などを含む)で、Sora、Runway、Pika、Lumiere、Stable Video Diffusion、VideoPoet を評価した。物理の理解は大きく限られ、見た目のリアルさとは無関係だった。ただし一部の問題はすでに解けている | 「リアルに見える」は「物理的に正しい」の証拠にならない |
| Garrido ほか「Intuitive physics understanding emerges from self-supervised pretraining on natural videos」(2025年) | 自然な動画の結果を、画素ではなく学習した表現の空間で予測するよう学習したモデルに、物体の永続性(見えなくなっても物は消えない)や形の一貫性といった直観的な物理の理解が現れた。画素を予測するモデルは偶然に近い成績だった | 「何を予測させるか」が理解の質を決める |
出典:arXiv:2411.02385、arXiv:2501.09038、arXiv:2502.11831(いずれも要旨を2026年10月21日に確認)
1本目の「事例ベース」と「色への依存」を、手で触れる大きさにしたのが次の例えです。
事例をまねる予測と、法則で解く予測
核心:変数の選び方
物理学の発見の本当の中身は、方程式そのものより、「どの変数で書くか」の選択にあります。質量、運動量、エネルギー。これらの変数を選んだとたん、法則は短く、どこでも使える形になります。
動画生成AI には、変数が与えられていません。見えているのは画素の並びだけです。だから、色のように見た目には効くが、物理とは関係のない手がかりに引きずられることがあります。上の例えで「色を手がかりにする」を入れたときに起きたのが、それです。
理解の判定:因果の梯子
「再現できる」と「理解している」は同じでしょうか。判定の物差しとして、問いを3段に分ける考え方があります(因果の梯子)。上の段ほど、見たものの統計だけでは答えられません。
どの段の問いに答えられるか
2つの経路は融合しつつある
経路 A(方程式で計算する)と経路 C(統計から生成する)は、対立しているだけではありません。パストレーシングも拡散モデルも、「ノイズから出発して、だんだん正しい画像に近づける」点は同じです。02で見たとおり、Blender のノイズ除去自体がニューラルネットです。
点の集まりを画像との誤差で最適化する 3D Gaussian Splatting(05)、場面を連続関数で表す NeRF、レンダリングの計算を微分できる形にして逆算に使う微分可能レンダリングなど、2つを組み合わせる試みが続いています。
用語集
- 拡散モデル
- ノイズを少しずつ取り除いて、学習したデータに似たものを生成する方式
- 確率分布
- どんなデータがどれくらい「ありそう」かを表したもの
- スコア
- 確率分布の密度が高くなる向き。拡散モデルが学ぶもの
- ランジュバン動力学
- スコアの向きに進みながら乱数で揺らし、分布に従う点を作る方法
- 汎化
- 学習したことのないデータにも、正しく対応できること
- 学習分布の外
- 学習データが含まなかった範囲(たとえば、より速い初速)
- 事例ベースの汎化
- 法則を取り出さず、最も近い学習事例をまねて答えること
- 因果の梯子
- 観察・介入・反実仮想の3段に問いを分け、どこまで答えられるかで理解を測る考え方
この記事の問い
- I-13生成モデルは何を学んでいるのか?確率分布。拡散モデルは「データの密度が高くなる向き」(スコア)を学ぶ(V03-2)
- I-14「もっともらしい」と「物理的に正しい」はどこで分かれるか?学習分布の内側か外側か(V03-1)
- I-15何を予測させれば法則が身につくか?画素か、学習した表現か。つまり変数の選び方
- I-16学習された重みから法則を取り出せるか?データから数式を探す方法(記号回帰)や、ネットワークの中身を読み解く研究(機械的解釈可能性)がある
- I-17「再現できる」と「理解している」は同じか?因果の梯子で判定する。介入と反実仮想に答えられるか(V03-3)
- I-18明示モデルと学習モデルはどう組み合わさるか?微分可能レンダリング、NeRF、3D Gaussian Splatting、物理の式を学習に組み込むニューラルネット
- I-19人間の物理理解はどちらに近いか?両方を持つ。キャッチボールの直観は経路 C 的、教科書の方程式は経路 A 的