2020年10月、Amazon のプライベートブランド「Amazon Basics」から、Peak Design の看板バッグ「Everyday Sling」とよく似たバッグが、同じ名前で発売された。Peak Design は訴えず、2021年3月にユーモア動画で応じ、Amazon は商品名を変えた。
この話は「訴訟ではなく関係で守った」と紹介されることが多い(たとえば STUDY HACKER, 2026-09-24)。ところが一次資料をたどると、同社はバッグの意匠特許を持っていて、名前の商標は持っていなかった。本稿はこのずれを起点に、プラットフォームが売れ筋を奪いにくるとき、知財で何ができて何ができないか、製品の外に何を積むべきかを整理する。
権利の日付と事件の日付を同じ線に置くと、「何が効いて、何が効かなかったか」が見えてくる。
| 日付 | できごと | 典拠 |
|---|---|---|
| 2010年 | Peter Dering 氏が Peak Design を創業(サンフランシスコ) | Wikipedia |
| 2011年 | 初製品のカメラクリップを Kickstarter で発表(約36.5万ドル)。以後、新製品はほぼ Kickstarter から | Kickstarter / Wikipedia |
| 2016-07-12 | スリングバッグの米国意匠特許を出願 | USPTO 公報 |
| 2016-11-05 | 米国で「EVERYDAY SLING」の名前を使い始める(商標出願書類の初使用日) | USPTO TSDR |
| 2018-01-23 | 意匠特許 US D808,162「Sling Bag」登録(存続15年) | USPTO 公報 |
| 2020-08-10 | 中国で「EVERYDAY SLING」を商標出願(のちの米国出願の優先権の基礎) | USPTO TSDR |
| 2020-10 | Amazon Basics が「Amazon Basics Everyday Sling」を発売(米国 Amazon.com のみ) | CNBC / b's mono-log |
| 2021-01-26 | 米国で「EVERYDAY SLING」を商標出願(コピー発売の後) | USPTO TSDR |
| 2021-03-03 | 動画「A Tale of Two Slings」を公開。同日の発表文で「法的手段も検討した」と明記 | YouTube / 発表文 |
| 2021-03-03〜04 | Amazon 版の名前が「Amazon Basics Camera Bag」に変わる(報道各社が確認。Amazon の公式コメントは無し) | DPReview / CNBC / Core77 |
| 2021-03-26 | 銀座に直営店。サンフランシスコに次ぐ世界2店舗目、アジア初 | 銀一 / デジカメWatch |
| 2022-02-15 | 米国商標 Reg. 6,643,080 登録(「SLING」は権利を主張しない部分) | USPTO TSDR |
| 2025 | 14回目のキャンペーン(キャリーケース Roller Pro)が2万3,461人から約1,294万ドル。同社最大 | Kickstarter 公式 |
| 2025-11-04 | 模倣品を売る多数の EC 出品者を、意匠特許2件と商標2件でまとめて提訴(イリノイ北部連邦地裁、いわゆる Schedule A 訴訟) | CourtListener |
価格は報道によって「99.95ドル対32.99ドル」「99ドル対35.14ドル」「80ドル対21ドル」とばらつく。定価と取材時の実売価格が混ざっているためと思われる。本稿では Peak Design の発表文の数字(99.95ドル対32.99ドル)を使う。
一次資料から読めるのは、二択ではなく権利を持ったうえで、どこで戦うかを選んだという構図だ。
米国の意匠特許の侵害は、「普通の観察者が両者を同じものと見誤るか」で判断される。D808,162 は、全体の形を1つの意匠として押さえる権利で、細部を変えた品には届きにくい。しかも審査段階で Amazon 上の別ブランドのスリングが先行資料として引用されており、この形のバッグはもともと先行品が多い分野だ。
32ドルの品を相手に、似せ方の程度を争う訴訟を起こすのは割に合わない、と判断した可能性がある。「違法ではない」という後の発言もこの読みと合う。
ただしこれは筆者の推測で、Peak Design がそう説明したわけではない。
記事の多くは「特許で守る従来型」と「関係で守る Peak Design」を対比する。だが実際には、同社は約40件の米国特許(うち意匠が20件超)を持ち、2025年には意匠特許と商標で模倣品業者を実際に訴えている。関係と権利は二者択一ではなく、重ねて使われている。
Peak Design のバッグと名前に関わる米国の権利を、USPTO の公報と商標登録簿から引いた。図面は公報からの引用である。


| 権利 | 対象 | 出願 → 登録 | 2020年10月(コピー発売)の時点 | リンク |
|---|---|---|---|---|
| 意匠特許 US D808,162 | スリングバッグ(初代 Everyday Sling)。請求は「図示のとおりのスリングバッグの装飾的デザイン」1項 | 2016-07-12 → 2018-01-23(存続15年=2033年まで) | 有効 | USPTO 公報PDF Google Patents |
| 意匠特許 US D968,806 | スリング(次の世代の形)。審査で D808,162 も引用されている | 2019-11-25 → 2022-11-08 | 審査中(まだ使えない) | USPTO 公報PDF Google Patents |
| 商標 Reg. 6,643,080 EVERYDAY SLING | 文字だけの商標(標準文字)。バッグ類。「SLING」は権利を主張しない部分 | 2021-01-26 → 2022-02-15(中国出願 2020-08-10 の優先権を主張) | 米国に出願なし | USPTO TSDR |
| 商標 Reg. 5,544,140 PEAK DESIGN | 標準文字。カメラ用アクセサリーほか。「DESIGN」は権利を主張しない部分 | 2017-08-21 → 2018-08-21 | 有効 | USPTO TSDR |
| 商標 Reg. 5,511,399 「pd」ロゴ | 小文字の p と d を組み合わせた図形。カメラ用アクセサリーほか | 2017-07-12 → 2018-07-10 | 有効 | USPTO TSDR |


表から、この事件の知財の構図がそのまま読める。
D808,162 の審査では、Amazon.com に出品されていた別ブランドのスリングバッグの商品ページが先行資料として引用されている。Amazon の棚は、模倣の現場であると同時に、意匠審査の先行資料の倉庫でもある。なお同特許には2018年11月に訂正証明書が出ており、説明文の「tote bag」が「sling bag」に直されている。
2025年に Peak Design が模倣品業者を訴えたときの権利は、意匠特許 US D802,649(カメラ用アンカー)と US D839,947(クイックリリースのストラップ)、そして上の商標2件だった。バッグの意匠ではなく、製品同士をつなぐ小さな部品の意匠が主役になっている。


ほかの権利を一覧で見るなら、Peak Design の特許表示リスト(PDF)と Google Patents の出願人検索が入口になる。
相手が同業の模倣業者ではなく、自分が商品を並べている棚の持ち主だという点が、話を難しくする。
| 違い | 中身 | 公開資料での裏づけ |
|---|---|---|
| 見えているもの | 売上・返品・検索・閲覧のデータで、「どれが売れ筋か」を出品者より先に、全カテゴリ横断で知っている | WSJ(2020-04):元従業員20人超の証言で、個別出品者のデータを PB 開発に使っていたと報道。Reuters(2021-10):インドで「手本にするブランド」を決め、John Miller のシャツの寸法までなぞったとする内部文書。Amazon はどちらも否定 |
| 狙われるもの | 売れると実証済みの品だけ。開発と需要検証のリスクを負わずに後から入れる | 米下院 反トラスト小委員会の報告書(2020-10):出品者の場を運営しつつ自分も売る「二重の役割」を「本質的な利益相反」と認定 |
| 勝ち方 | 品そのものより、検索順位・おすすめ枠・価格で勝つ。自社品を上に出せる | Reuters(2021-10):自社ブランドを検索の上位に出す「search seeding」 |
| 似せ方 | 権利の外側に出る程度に「似ているが違う」を作れる。法務部門が大きい | Rain Design(2016):ノートPCスタンドの模倣に「特許侵害ではないので手がない」と述べたと報道(本稿では原文未確認) |
| 争う相手 | 訴える相手が、自社の主要な販路そのもの。取引関係を壊すリスクがある | — |
| 地域 | ルール | 中身 |
|---|---|---|
| EU | 欧州委員会の確約決定(AT.40462, 2022-12-20) | 出品者の非公開データを自社小売・PB に使わないと Amazon が約束。データ関係は5年、監視受託者つき |
| EU | デジタル市場法(DMA)6条2項 | ゲートキーパーは、事業者が生んだ非公開データをその事業者との競争に使ってはならない。Amazon Marketplace は2023-09に指定 |
| 米国 | FTC v. Amazon(2023-09提訴) | 訴えの柱は出品者への罰則・物流の抱き合わせ・自社優遇など。PB による模倣やデータ流用は争点に入っていない。公判は2027年3月開始の予定(2025-12の申立て) |
| 日本 | 取引透明化法 5条2項1号ニ・ホ | 運営者が出品者の商品データを取得・使用する場合、その内容と条件を開示する義務。使用そのものは禁止していない。アマゾンジャパンは指定事業者 |
| 日本 | スマホソフトウェア競争促進法 5条 | 取得データを競合商品に使うことを禁止。ただし対象は OS・アプリストア・ブラウザで、EC モールは対象外 |
| 日本 | 公正取引委員会の実態調査報告書(2019-10) | 出品者データを使って競合出品者を不当に妨げれば、独禁法上の問題になりうると指摘 |
どの規制も、止めようとしているのは非公開データを使うことまでだ。公開されている商品を見て似たものを作ること自体は、ふつうの競争として扱われる。そこを止められるのは、出品者が前もって取っておいた権利だけである。
Amazon の Brand Registry や Project Zero も、仕組みの起点は商標と偽造品で、Amazon 自身が自社の名前を付けて売る「似ているが違う」品は対象にならない。
| ブランド | 模倣されたもの | 持っていた権利 | 対応 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| Rain Design(2016) | ノートPCスタンド | 「手がない」と述べたとされる | — | 売上が落ちたと報道(本稿では原文未確認) |
| Williams-Sonoma(2018) | West Elm の Orb チェア | 意匠特許 D815,452+商標 | 2018-12 に提訴 | 対象の椅子は数日で Amazon から消え、2020-11 に非公開で和解 |
| Allbirds(2019) | ウールスニーカー | (本稿では未調査) | 公開書簡「サステナビリティの取り組みも真似てほしい」 | 訴訟なし。広報として話題に |
| Peak Design(2020–21) | Everyday Sling の形と名前 | 意匠特許あり、名前の商標なし | ユーモア動画 | 名前が即日変更。形の近い品は残った |
並べると、効いた手段は2つに分かれる。形を市場から消させたのは権利(Williams-Sonoma)、名前を変えさせたのは世論(Peak Design)だ。世論が効いたのは、名前という「言い逃れしにくい」一点に的を絞れたからでもある。形の近さは、世論でも争いにくい。
Amazon は形と名前を取れた。取れなかったものを並べると、Peak Design が何に投資してきたかが見える。
| 資産 | Peak Design の実例 | なぜ取られにくいか |
|---|---|---|
| 需要データの先取り | 新製品は Kickstarter で発表。2025年の Roller Pro は発売前に2万3千人超が支払い | 何が売れるかを、プラットフォームより先に自社で知る。棚の持ち主のデータの優位を、発売前に打ち消す(筆者の読み) |
| 支援者との関係 | 14回を超えるキャンペーン。動画を広めたのは支援者やファン | 時間でしか積めない。模倣品の低評価レビューが殺到し、Amazon は一時レビュー欄を閉じた(CNBC) |
| 保証 | 生涯保証(壊れたら修理か交換。電池入り製品は2年) | 安値の模倣品は、保証まで真似ると原価が合わない |
| 製品同士のつながり | アンカーリンク、Capture クリップ、モバイルマウントなど、同社の製品同士でつながる仕組み。いずれも特許で押さえている | 1製品を真似ても仕組み全体は真似られない。乗り換えの手間が生まれる(筆者の読み) |
| 外部資本を持たないこと | 創業から外部投資家なし(Dering 氏)。資金は先行販売から | 短期の成長を急がなくてよく、価格競争に乗らずにすむ |
| 会える場所 | 銀座の直営店。全製品を手に取り、自分のカメラを入れて試せる | EC の棚の外に、顧客との接点を持つ |
| 声 | 「最高の賛辞であり、平手打ちでもある」とユーモアで返す発信 | 大企業の法務と広報には出しにくい調子で、小さな会社の側が有利な土俵 |
Peak Design の事例の教訓を、日本の制度に置き換えて並べた。模倣は売れてから来るので、備えは売れる前に済ませておく必要がある。
| 時期 | 知財でやること | 知財以外でやること |
|---|---|---|
| 発売前 |
・名前の商標を先に出願する(Peak Design は米国での出願がコピーの後だった) ・意匠は全体に加え、部分意匠で特徴のある部分(ロゴタブ、開口部の形など)を押さえる。全体の意匠だけだと、細部を変えられると届かない ・機能に工夫があれば特許 |
・先行予約・クラファンで、需要のデータを自社で持つ ・販路をプラットフォーム1本に寄せない |
| 公開から1年以内 | ・先に発表してしまったら、新規性喪失の例外(意匠法4条)で出願を救う ・色やサイズの展開は関連意匠(本意匠の出願から10年以内)で囲う | ・保証・修理・部品販売の仕組みを、発売と同時に用意する |
| 発売から3年 | ・意匠登録が無くても、不正競争防止法2条1項3号(形態模倣)で「実質的に同一」の模倣は止められる。2024年4月からはネット上の提供も対象 ・ただし「似ているが違う」には届かない | ・コミュニティ(支援者、ユーザー会、店舗)を育てる |
| 売れ筋になった後 | ・形が出所を示すほど知られたら、立体商標(商標法3条2項の使用による識別力)を検討 ・模倣品業者には、意匠と商標をまとめて行使(Peak Design の2025年の訴訟の型) | ・取引透明化法の開示を読み、モールが自分の商品のどのデータを取り、どう使うと言っているかを把握しておく |
| 棚の持ち主に似た品を出されたら | ・自分の権利の範囲と、相手の品との差を冷静に測る(Williams-Sonoma 型で行けるか) ・Brand Registry は商標・偽造品が起点で、PB の類似品には効かないことを前提にする | ・権利で届かない一点(名前、ロゴの真似など)に的を絞り、顧客に向けて語る(Peak Design 型) ・EU なら DMA、日本なら公正取引委員会への情報提供も選択肢 |
本稿の日本法の整理は、条文を e-Gov で照合した範囲のものだ。個別の商品で何がどこまで守れるかは、形・先行品・販売時期によって変わる。実際の出願・権利行使は弁理士・弁護士に相談してほしい。
本稿は公開情報の整理であり、Amazon の製品が Peak Design の権利を侵害したかどうか、各社の主張の当否を評価するものではない。「読み」と書いた部分は筆者の推測である。