分けて頼むと、全体像はどこへ行くのか
部品が製品になるのは、組み立てる設計図があるから。では、調査の設計図は誰が持っているのか。
部品の分割発注と特許調査の分割依頼を重ね、知財業務で全体像をつかむとはどういうことかを考えます。結論ではなく、問いの整理です。
まず30秒で
模式図です。実在の案件や製品を描いたものではありません。つまみで止めたり戻したりできます。
この頁でいう調査の設計図は、次の3つを指します(筆者の定義です)。
- 何を決めるための調査か
- どこまで見れば足りるか
- 途中で問いがどう変わったか
受託者になってみる
あなたは調査の受託者です。ある依頼者から、次の4通が別々に届きました。架空の例
依頼者の狙いはどれでしょう。
その読みは、4通と矛盾しません。ほかの3つも同じです。
4通は、どの狙いにも合うように作りました。狙いが違えば、調べる範囲も、止めどきも、報告の書き方も変わるはずです。それでも依頼書の上では見分けられません。
では、この4通を別々の担当者が出していたとしたら、依頼者の側には答えられる人がいるでしょうか。
設計図の持ち方は、3つある
分けて頼むこと自体は、悪いことではありません。分けて隠すのは、権利だけでは守りにくい技術を守る方法として研究もされています。違いは、分けたあとに設計図がどこにあるかです。3つの分け方は筆者の整理
図はサッカーの模式です。金色は設計図(全体を見通す手がかり)を表します。
どれも依頼の形は同じです。依頼書を見ても区別できません(筆者の整理です)。
| 一か所が持つ | 重ねて持つ | 誰も持たない | |
|---|---|---|---|
| サッカー | 練習で決めたセットプレー | 流れの中のパス回し | 持ち場は守るが、パスが合わない |
| 他の例 | オーケストラ(総譜は主に指揮者、奏者はパート譜) | 航海チーム(人と道具の全体で計算する) | 持ち場ごとに情報が閉じたプロジェクト |
| 調査 | 依頼者が全体を持ち、部分を頼む | 問いを共有しながら進める | 依頼だけが残り、狙いを誰も説明できない |
| 向く場面 | 手順が決まっている。相手に全体を見せたくない | 次の一手が途中の結果で変わる | 意図して選ぶ場面は考えにくい。多くは意図せず起きる |
サッカーは分かりやすい例ですが、限界もあります。サッカーには、全員が見ているボールとピッチがあります。知財の仕事には、それがありません。だから全体像は、誰かが描いて置かないと共有できないのではないか。描いたものは常に部分ですが、部分でも共有はできます。
重ねるのも無料ではありません。全員が一か所に集まれば、サッカーでいう団子になり、深く調べる人がいなくなるかもしれません(筆者の類推です)。
なお、プレミアリーグの1クラブを分析した研究では、周囲を見る動きは中央の選手に多く、フォワードに少ない傾向でした。周囲を見るほどパスは通りやすいものの、影響は小さいとされています。
調査の設計図は、途中で書き換わる
部品の設計図は、比較的先に決めやすいものです。一方、検索では途中で得た情報が問いそのものを変えることがあります(Bates 1989)。ここが部品との大きな違いだと考えています。筆者の類推
いつ分けて、いつ一緒に考えるか
全部を一緒に考える必要はありません。仕事ごとに、次の2つを別々に問うと整理しやすくなります。
- いま同時に調整が要るか。次の一手が他の人の結果で変わるか。
- 全体の知識を持っておくべきか。作業を分けていても、知識は別に残すべきか。
筆者の目安で、案件によって変わります。1つ目の問いは、仕事の相互依存と調整の方法を論じた組織論(Thompson 1967 など)に近いものです。2つ目は、タスクの分割と知識の分割を区別する Takeishi(2002)に近いものです。
文献と確かさ
特許調査の分割を直接論じた文献は、今回の検索では見つかっていません(国内誌は未確認です)。調査への当てはめは筆者の類推です。各文献は下記の範囲で確認しました。
- 所属機関の紹介Baldwin & Henkel 2015:権利が弱い、または執行の費用が高いとき、モジュール化で情報を隠して IP を守る。
- 要旨Eppinger ほか "Slice to Protect" 2026:自動車部品の取引データで、調達の集中度と IP 保護の強さにU字の関係。
- 抄録Takeishi 2002:タスクの分割と知識の分割は別物。外に出しても発注側の知識は重要。
- 抄録Brusoni, Prencipe & Pavitt 2001:企業は作るもの以上を知っている必要があり、それが統合能力を支える。
- 二次資料Vaughan「structural secrecy」:組織の構造(規模や専門化など)が情報を隠す。
- 本文冒頭Tsoukas 1996:企業の知識は全体として見渡せない。
- 本文Taylor 1968:依頼として表現された問いは、本当の必要を妥協させた形である。
- 本文Bates 1989:検索の途中で得た情報が、問いそのものを変えていく。
- 本文Jordet ほか 2020:1クラブ27選手の分析。周囲を見る動きとパス成功に小さな正の関連。
- 二次資料Thompson 1967:相互依存の3類型と調整の方法。解説
- 著者の紹介文Hutchins 1995:航海チームの計算は、人と道具の全体で行われる。
- 解説総譜とパート譜:総譜の解説、パート譜の定義。
持ち帰る問い
いま手元にある調査の設計図は、何に描いてありますか。