知財戦略体系化 第10回「プロジェクト再スタート」の資料
止まっていた半年に、何が起きたか。詰まる場所は、知財部門の外へ移った。
羽矢崎 聡(知財戦略実践家)。野崎篤志さん・楠浦崇央さんとの YouTube シリーズ「#知財戦略体系化」は、2026年2月28日の第9回のあと止まっていました。その間に書いたもの・作ったものを棚卸しし、3月に描いた未来と実際を突き合わせ、これからの進め方のプランを並べます。
要点
- 原点(三位一体・事業で勝つ)は変わらない。言い方が「覚悟」から「問い」に変わった
- 3月に仮想の知財部長の物語で描いた未来は、外からの危機ではなく、内側の気づきとして現実になった
- AI で安くなったのは「作ること」と「探すこと」。高いまま残ったのは「問い」「人の着想と実測」「決める場」
- 設計責任と並んで、検証責任が知財の専門性の中心に入ってきた
- 進め方は、書籍化だけをゴールにせず、サイトに常設して更新し続ける「生きた体系」を母艦にする案を出す
一第9回で止まったところ
シリーズは 2025年4月に始まり、経済学・経営学の理論体系、孫子の兵法、BCG ダイヤモンドと知財部門のジレンマ、知財製造から知財設計へ、と進みました。第8回(2026-01-24)で3人が目次案を持ち寄り、楠浦さんの案を土台にすることに決めました。
目次案(楠浦さんの案が土台)
- 序章 なぜこれを考えたか
- 第1部 危機感と知財のジレンマ
- 第2部 だから「設計」へ
- 第3部 どうやるか
- 第4部 キャリア・組織・人の育て方
第9回(2026-02-28)で決めたこと
- 紙の本は見送り、note で順次公開する
- 「(仮)知財設計の会」で、知財部員に直接聞く
- 「書くべきは本ではなく AI」(楠浦さん)
二半年の棚卸し ― 書く場所が移っていた
止まっていたのはシリーズだけでした。note は2月から4月に87本書いたあと、4月27日から8月20日まで115日の空白があります。その間、7月からは JIPA オープンイノベーション WG の卒業制作サイトで論考を書き、同じく7月からはこのもくもく会で教材を作り、8月からは調査や出願の道具づくりを回していました。
| 場 | 量 | 中心の主題 |
|---|---|---|
| note | 98本 | 春は AI 時代の知財パーソン論と物語。秋は公報・判決・売上を確かめた事例の読み解き(ノーベル賞、電流戦争、フリーレン) |
| OI-WG の卒業制作 | 31作品 | 境界の設計、守りながら開く、知財部門は翻訳者、データのオープン&クローズ、標準化 |
| もくもく会の教材 | 58本 | 知財教材と知財ビジネスモデル図鑑(30事例)。発明は特許発明に限らない |
| AI の道具 | 36 | 調査・起草・出願・届け方を、AI の道具(スキル)にした |
二つの系譜
棚卸しして分かったのは、同じ時期に知財戦略を二つの別の系譜で考えていたことです。note は丸島儀一先生の三位一体、ポランニーの暗黙知、クリステンセンを拠り所に、AI 時代の知財の人の役割を書いていました。OI-WG では、Chesbrough からの組織の境界論、Teece、吸収能力、小川紘一先生を拠り所に、境界をどう設計するかを書いていました。「三位一体」は note で14本に出てきて OI-WG では1頁、「オープン&クローズ」は OI-WG で9頁に出てきて note では0本です。引いている文献はほとんど重なりません。体系化を再開するなら、この二つを結ぶことが一つの仕事になります。
三原点と、3月に描いた未来の答え合わせ
原点は変わらない
2月のグローバル知財戦略フォーラムで話した柱は、「三位一体は変わらない。AI が上げるのはその実行の速度と視野の広さ」でした。8月の note と講演でも、ほぼ同じ言葉で繰り返しています。変わったのは言い方で、宣言から問いの形になりました。
この原理で、誰が何を繰り返し買うのか。
仮想の知財部長が見た未来は、どうなったか
3月、シリーズの「知財製造から知財設計へ」を、架空の精密機器メーカーの知財部長・黒沢誠(48歳)の物語にして note に書きました。物語で描いた未来と、半年後の実際です。
| 3月の想定 | 半年後の実際 | 判定 |
|---|---|---|
| 製造は AI へ | 明細書の起草から送信までを道具にし、自分の手で通した。狙いの言い方は「費用の削減」から「配分の変更・すぐ動ける力・選択肢」に変わった | 当たった |
| 解析は当たり前に | その先へ進んだ。全件を手元に持ち、審査官が実際に引いた文献を正解にして、どれだけ取りこぼしたかを測れるようになった | その先へ |
| 浮いた力は設計へ | 案は一晩で千件単位で出る。だが量が多い領域ほど筋が悪く、AI の案は相違点が一点まで痩せた。律速は「お題」と人の着想に残った | 一部 |
| 件数 KPI の罠 | 報告の言葉を変え、成果を「動かした事業判断」で数え始めた | 当たった |
| 頼まれない仕事 | たくさん作れた。次は、相手が使える形と入口で届けること | 形を変えて |
| 知財の民主化 | 「知財部門がなくても良い」という言葉は使わなくなり、「渡す」「持ち寄る」場(このもくもく会)になった | 形を変えて |
物語が「外から来る危機」として描いた経営の圧力や社内の対立は、現れませんでした。AI を持ち込んだのは自分自身で、問いは内側から来ました。物語の若手の役は、社内の部下ではなく、持ち寄りの会の参加者でした。「知財設計」の語は4月を最後に使わなくなり、8月以降に名乗ったのは IPFDE、現場に張りついて道具を作る知財の作り手です。
四新しく分かったこと
詰まる場所は、知財部門の外へ移った。
シリーズでは「知財部門のジレンマ」を、部門の中の問題として扱ってきました。オペレーションに追われ、上流の戦略に入れない、というジレンマです。半年やってみると、詰まる場所はひと月ごとに下流へ動きました。
- 4月 変換の速度を10倍に。作る速さが課題だと思っていた
- 8月 「お題」が足りない。発明者の数ではなく、どこを狙うかの問い
- 8月末 届け方。作ったものを、相手が使える形と入口で届ける
- 9月 速さが信頼を壊す。AI 調査の判定が1日に6回ひっくり返った
- 10月 決める場。知財の中で決めることは日単位、事業側の判断は月単位
想定になかった失敗と、検証責任
物語は「AI は過去を処理し、人は未来を設計する」で閉じていました。実際には、その間に新しい種類の失敗が入ってきました。判定が1日に何度もひっくり返る。AI が「できた」と申告した7点のうち3点が誤っている。確かめ役にした AI が甘く、成果を水増ししているおそれがある。道具の性能を、作るのに使った分野で測ってしまう。手当ては、どれも同じ形をしています。
- 作る役と確かめる役を分ける
- 確かめ方を先に決める
- 事実と推論を付け分ける
作るコストがゼロに近づくほど、価値は「どこまで確かか」を示せることに移ります。設計責任と並んで、検証責任が知財の専門性の中心に入ってきたと考えています。仮説
五この先 ― 知財部門はどうなっていくか
半年の記録から延ばした見通しです。確かめた事実ではありません。仮説
- 知財部門は、製造部から設計部へ、そして判断を動かす部へ。知財が出すのは権利だけでなく、判断の材料と期限になり、成果は動いた判断の数と速さで測る
- 検証が専門性になる。「どこまで確かか」を示せる人が強い
- 内製と外部の配分が組み直される。すぐ出せること、自分で直せること、選択肢を持つことの価値が上がる
- 知財の仕事は境界で起きる。スタートアップとの連携、データのオープン&クローズ、標準化
- 第8回で話した「全員が同じテキストで学ぶ」共通言語は、本より先に、note・教材・持ち寄りの会という形で育ち始めている
目次案を、半年の実証で更新する
| 楠浦さんの案の部 | 半年の材料で足したいもの |
|---|---|
| 第1部 危機とジレンマ | ジレンマは部門の外へ移った。律速は事業側の「決める場」 |
| 第2部 設計へ | 知財設計=発明・保護・価値獲得の三つの重心を合わせること(ノーベル賞・電流戦争の事例)。孫子の「上兵は謀を伐つ」とつなぐ |
| 第3部 どうやるか | 新章「測る・確かめる」(精度の測り方、判断の台帳、検証責任)と、新章「境界」(OI 研究の系譜、知財部門は翻訳者) |
| 第4部 人と組織 | 設計する知財から「作る知財(IPFDE)」へ。持ち寄る場 |
六これからの進め方 ― 書籍化だけがゴールではない
| プラン | 何を作るか | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|
| A 本にする | note の連載から電子書籍・本へ | 形が残り、遠くまで届く | 書く間に中身が古くなる |
| B 生きた体系 | サイトに常設し、配信のたびに更新する | 速さに追いつく。教材や図鑑とつながる | 完成しない。編集の仕組みが要る |
| C 場を回す | 知財設計の会で、実務の事例を持ち寄る | 実務で確かめられる。言葉が育つ | 運営の手間。社内の事例は出しにくい |
| D 道具にする | 問いのリストやスキルとして配る | 使われ、効き目を測れる | 思想が道具に埋もれる |
提案:B を母艦に、A・C・D をつなぐ
C 入れる
知財設計の会、YouTube 配信、もくもく会の掲示板から、論点と事例が入る
B 母艦
生きた体系。章ごとに版と更新日を付け、誰の論点かを明記する
D 出す
各章に「使える問い」と道具(チェックリスト・スキル)を付ける
A 固める 区切りのよいところで版を固め、電子書籍や本にする。書籍化はゴールの一つで、終わりではありません。
生きた体系の回し方(たたき台)
- 周期 配信と連動。配信 → 字幕の要約 → 章の差分案 → 3人で確認 → 反映
- 版 章ごとに v0.1 から。更新の履歴を残す
- 書き方 誰の論点かを明記し、事実・推論・未確認を分ける
- 入口 読者からの事例と反論を、もくもく会の掲示板などで受ける
- 3人で決めること 置き場所、名前とクレジット、編集の分担、公開の範囲
第10回で話したいこと
- 書籍化はゴールか、節目の版か
- 生きた体系の置き場所 ― このもくもくサイト/専用の頁/note
- 目次に「測る・確かめる」「境界」を足すか
- 「(仮)知財設計の会」をどう再開するか
七出典と関連
- YouTube「#知財戦略体系化」(野崎篤志のイーパテントチャンネル):第1回 / 第9回 / 第10回 プロジェクト再スタート
- 野崎篤志さんの各回の振り返り:note.com/anozaki
- 羽矢崎の note:note.com/satoshi_hayasaki(「生成AIは知財の『終わり』か、『始まり』か——師への覚悟」2026-02-28、「AIは『職人の誇り』を奪うのか?」2026-03-01 ほか)
- JIPA OI-WG 卒業制作:oiwg.ipfde.com
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