発明者の基礎 — AI × 知財 もくもく会

発明者は誰か。
肩書でも、手を動かした量でもなく

特許の願書には、発明者の名前を書きます。では、誰の名前を書けばよいのでしょうか。アイデアを出した人か、実験をした人か、チームを率いた上司か、それともAIか。
この頁は、知財の専門家でない経営者・事業リーダー・技術者の方に向けて、日本の裁判所が「発明者」をどう見てきたかを10分で読めるようにまとめたものです。
専門的な議論は兄弟ページへ — AIが解き、人が問う時代の発明者と職務発明規程の論点は 着想か、実装か、規程を業務フローとして読む話は 規程は業務フローである にあります。この頁は法的助言ではありません。個別の判断は弁理士・弁護士に相談してください。
00 — なぜ大事か

発明者の取り違えは、あとから効いてくる

特許が揺らぐことがある社外の協力者などが本当の発明者だったのに、その人から権利を得ないまま出願すると、特許の無効や権利の移転を求められる筋があります。社内の従業者どうしの取り違えは、会社が職務発明として権利を取得していれば、主に報奨の問題になります。
報奨の行き先が変わる職務発明の報奨は発明者に払われます。誰が発明者かは、報奨と紛争の出発点です。
あとから直しにくい発明者の記載は、出願中なら補正できます(発明者そのものが変わるときは、全員の宣誓書などが要ります)が、登録後に直す手続は見当たりません。
AIで曖昧になりやすいAIが案を出し、人が選ぶ開発では、誰の寄与が創作なのかが見えにくくなります。
01 — 一言でいうと

発明者は「新しさの核」を作った人

発明者とは、特許の請求項に書かれた発明のうち、従来にない部分を着想し、またはその分野の専門家が実施できる程度まで具体化する創作に関わった人です。

裁判所の言葉では、こうなります。「従来にない部分」は、専門用語で「特徴的部分」と呼ばれます。

「当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者を指す」知財高判 平成20年5月29日〔ガラス多孔体〕
「発明の特徴的部分とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,従来技術には見られない部分」知財高判 平成19年7月30日

ポイントは二つです。発明者かどうかは、請求項に書かれた発明との関係で決まります。そして見られるのは、肩書や労力の量ではなく、新しさの核を作る創作に関わったかどうかです。

02 — なる人・ならない人

判例が繰り返し外してきた人と、認めてきた人

発明者にならない人

  • 研究テーマを与え、全体を管理しただけの上司ガラス多孔体/分割錠剤
  • 一般的な助言や指導をしただけの人ガラス多孔体
  • データをまとめただけの人、指示どおり実験をした補助者ガラス多孔体/シロスタゾール
  • 資金や設備を出した人、開発を委託した人ガラス多孔体
  • 実験を多くこなしても、関与が創作的でなかった人PD-1特許
  • 新しさの核ができたあとで、請求項の課題とは別の点(音質など)を改良した人超音波スピーカ

発明者になる人

  • 具体的な着想を出し、自分たちの実験機などで確かめた人超音波スピーカ
  • 結果を予測しにくい分野で、試行錯誤によって条件を見つけた人細粒核 控訴審/分割錠剤
  • 着想から具体化までの過程で、一体となってそれぞれが重要な貢献をした人たち(共同発明者)ガラス多孔体

よく「日本の判例は、アイデアより実験した人を発明者と見る」と言われます。化学のように結果を予測しにくい分野では、たしかにそうなりやすいです。ただしそれは、そこでは新しさの核が実験の中で生まれるからです。予測しやすい分野では、具体的な着想を出して確かめた人が発明者になりえます。軸は「アイデアか実験か」ではなく、「新しさの核をどこで誰が作ったか」です。

03 — クイズ

この人は発明者?

カードを押すと、答えと根拠になった裁判例が出ます。

04 — よくある誤解

現場で聞く六つの思い込み

誤解:発明者は、願書に書いた人のこと
書いたかどうかではなく、実際に創作したかどうかで決まります。願書に共同発明者として書かれていた研究室長(部下の上司)が、裁判で発明者ではないとされ、対価の請求が退けられた例があります。細粒核(東京地判 平成14年8月27日、控訴審も同じ結論)/分割錠剤(東京地判 平成17年9月13日)
誤解:上司や代表者を入れておけば安全
逆です。発明者でない上司を書き加えると、本人が後で対価を求めて争いになることがあります(細粒核・分割錠剤では、願書に載った研究室長の請求が退けられました)。なお、発明者の書き間違いそのものは無効理由ではありません。ただ、社外の協力者など本当の発明者(社員と並ぶ共同発明者を含む)から権利を得ないまま出願すると、特許の無効や権利の移転を求められることがあります。特許法38条・123条1項2号(共同出願違反)・6号(冒認)・123条2項・74条
誤解:たくさん実験した人が発明者
量ではなく、創作的だったかどうかです。発明を構成する実験を自ら行い、単なる補助者ではないとされた人でも、発明者でないとされた例があります。PD-1特許(知財高判 令和3年3月17日)
誤解:アイデアを出した人が発明者
方向を示しただけでは足りません。一方、具体的な着想を出し、それを確かめた人は発明者になりえます。超音波スピーカの事件では、研究者らが着想を実験機で確かめた時点で発明は完成していたとされ、あとから試作機を作った開発者は発明者とされませんでした。細粒核(東京地判 平成14年8月27日)/超音波スピーカ(知財高判 令和7年4月24日)
誤解:AIを使ったら特許にならない
AIを使ったこと自体で拒絶されるわけではありません。ただし発明者は人に限られ、人の創作的な寄与が必要です。AIだけが創作的に関わった場合は「発明者が不在」になるおそれがあると、特許庁も検討資料に書いています。特許制度小委員会 第54回(2025年6月)資料
誤解:発明者は、あとから直せばいい
発明者の補正が認められるのは、出願が特許庁に係属している場合に限られます(発明者が変わるときは、新旧の発明者全員の宣誓書などが要ります)。登録後に発明者を直す手続は見当たりません。出願の前と出願中に決めきるのが基本です。特許庁 方式審査便覧 21.50
05 — 役割別

明日からやること

経営者

  • 発明者を、肩書や貢献の印象で決めない
  • 「誰が、何を材料に発明者を決めるか」を職務発明規程に書く
  • 報奨は発明者に払われる。発明者の認定が報奨と訴訟リスクの出発点になる

事業リーダー

  • テーマを出すだけでは発明者にならない
  • チームの誰が「新しさの核」を作ったかを、その場で記録させる
  • AIを使う開発では、人が何を選び、何を確かめたかを残させる

技術者

  • 着想・試行錯誤・結果を、日付つきで残す
  • AIを使ったら、入力・採用した出力・自分が選んで確かめたことを残す
  • 手を動かした量ではなく、自分が作った新しさを説明できるようにしておく

知財担当

  • 範囲に線を引く仕事と、新しい構成を作る仕事を分けて記録する
  • 先行技術調査や補正で特徴的部分が動いたら、出願中に発明者を見直す
  • 自分が発明者の候補になるときは、認定の起案から外れる

AIを使う開発で、どの寄与なら発明者になれるのかの線引きは、日本でも海外でもまだ固まっていません。米国は2024年2月に出したAI支援発明のガイダンスを2025年11月に撤回し、AIを道具として従来の着想の基準で判断する方針に改めました。日本では、内閣府の検討会が2024年に「これまでの考え方に従って」人の発明者を認定すべきとし、特許庁の審議会は2026年6月の時点でも検討を続けています。だからこそ、誰が何を考え、何を選び、何を確かめたかの記録が、どの立場の人にとってもいちばん確かな備えになります。

出典

この頁で使った資料

判決は裁判所ウェブサイトの判決原文で文言を確かめました。