「日本の判例は、着想より実装の側を発明者と認めてきた」という直感は、半分当たっている。ただし軸が違う。
発明者の基準として繰り返し使われてきたのは、ガラス多孔体事件の定式である。同じ判決は、一般的な管理をした者、一般的な助言・指導を与えた者、データをとりまとめた者や実験を行った補助者、資金や設備を出した者、委託した者を発明者から外している。
そして、何を具体化したのかは請求項で決まる。
直感が当たっている部分。化学や製剤のように、着想を具体化した結果を事前に予想しにくい分野では、実験で条件を見つけた人が発明者とされてきた。細粒核事件の地裁判決は、化学関連の分野では「一般に,着想を具体化した結果を事前に予想することは困難」だとし、控訴審は「この実験に携わって創作的に条件を見いだした者であるかという観点に依拠すべき」と述べた。分割錠剤事件は「錠剤の形状についての着想のみでは,実験を経ていない以上発明が具体化したとはいえない」とし、技術的思想の創作に「最も大きな技術的寄与を果たした」のは実験を担った部下だとして、室長だった原告を発明者と認めなかった。
直感と違う部分。手を動かした量は、発明者性を生まない。シロスタゾール事件は、「生物活性の測定及びその分析等に従事したにすぎ」ない研究者を発明者と認めなかった。PD-1特許の事件は、教授の指導・助言を受けながら発明を構成する個々の実験を自ら行った元院生を「単なる補助者にとどまるものとはいえない」と認めながら、なお発明者ではないとした。
超音波スピーカ事件では、研究者が自作した実験機で特徴的部分は具体化していたとされ、依頼を受けて試作機を作り、音質・音域を改良した開発者らは発明者でないとされた(知財高判 令和7年4月24日)。改良は発明の課題(使用環境の制約の除去)とは別の点だったからである。
マスを押すと、判例から言えることと、AIが入ったときに何が起きるかが出る。
判例の「着想/具体化」は、両方を人がやる前提で組まれていた。AIが具体化を引き受けると、2×2の右下が空洞になる。
方向づけしかしていない人は、もともと発明者になれない。条件を見いだす試行錯誤をAIがやれば、条件を見いだした人もいない。特許庁自身がこの穴を書いている。
日本の現在地は、基準を変えずに当てはめる、である。内閣府のAI時代の知的財産権検討会による中間とりまとめ(2024年5月)は「発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者を発明者とするこれまでの考え方に従って自然人の発明者を認定すべき」とし、モデルや学習データの選択、プロンプトの入力に関わった者も、寄与があれば発明者に含まれうるとした。特許庁の令和7年度調査研究(2026年3月)では、現行の基準を「変更の必要はない」と答えた企業等が11者中8者だった。公的な指針を求める意見が多数寄せられた一方で、指針で認定が厳密になると発明者を認定できず特許を取れない事態を「懸念する声も多く聞かれた」。特許制度小委員会の第56回(2026年6月16日)では、事務局が「引き続き調査・検討が必要ではないか」という方向性(案)を示した。法改正は出ていない。
AIそのものを発明者とする道は閉じた。DABUS事件で知財高裁は「「特許を受ける権利」は、自然人が発明者である場合にのみ発生する権利である」とし、2026年3月に最高裁が上告審として受理しない決定をして確定した。同じ判決は、職務発明について定める35条3項も「発明をするのは自然人(従業員等)であることを前提にしている」と述べている。
| 国・機関 | 現在の立場 | 決めていないこと |
|---|---|---|
| 米国 USPTO | 2024年2月のガイダンス(プロンプトの例示を含む)は2025年11月28日に全部撤回された。現行版はAIを実験装置と同じ道具とし、従来の着想(conception)の基準で判断する。“they may provide services and generate ideas, but they remain tools used by the human inventor who conceived the claimed invention.” | 現行版にはプロンプトについての記述がない |
| 英国 最高裁 | 発明者は自然人に限る([2023] UKSC 49)。ただし、DABUSを高度な道具として使ったと主張していれば結論は違ったかもしれない、と述べた(第52段落) | 道具として使った場合の基準 |
| ドイツ BGH | AIを使って見いだした発明でも、自然人を発明者として記載することは可能であり、かつ必要(X ZB 5/22 判決要旨)。全体の成果に本質的な影響を与えた人間の寄与で足りる(同 第38段落) | AIの複数の提案からの検討と選択で足りるか(第39段落) |
| EPO | 機械は発明者でない(J 8/20)。AIを使って開発した発明でも、発明者の指定は原則として可能(T 528/25, 2026年2月) | 寄与の程度の基準 |
| 中国 CNIPA | 発明者は自然人。AIの補助でなされた発明では、実質的特徴に創造的な貢献をした自然人を発明者にできる(2024年12月の指引) | 個別の当てはめ |
結局どこでも、「どの寄与なら足りるか」は個別の当てはめに委ねられている。その当てはめは、裁判所が判断する日まで、各社の中で毎回行われることになる。規程が「誰が、いつ、何を材料に発明者を認定するか」を持っていないと、その判断は記録のないまま流れていく。
場面を切り替えると、判例から言えること・決まっていないこと・規程で手当てできること・残す記録が出る。黄色の行が未決の部分である。
特徴的部分は先行技術との関係で決まる。だから調査と補正のたびに動き、発明者もそれにつれて動きうる。
「先行技術に勝てる権利範囲を誰が創出したのか」は、二つに分けると見通しがよくなる。
一つ目は、範囲を画したこと、つまりどこに線を引くかである。細粒核事件で、公知例を避けて範囲を最大にするためだけに机上で決めた数値は、実験の裏付けを全く欠いた「架空の数値」として、技術的思想の創作と評価されなかった。技術的な裏付けのない線引きは創作にならない。線を引くのは知財部員と代理人の本来の仕事で、それだけで発明者になるわけではない。米国のSolomon判決も同じ方向を向いている。
二つ目は、線の内側に新しい構成を入れたことである。これは創作でありうる。AIで入れたのなら、AIに入れさせた人の寄与が、着想・選択・検証として足りるかの問題に戻る。USPTOが2024年4月のAIツールのガイダンスで、AIが発明者の想定しない実施例を入れたら発明者を見直せと書いたのは、この場面である(前提とした2024年2月版は撤回済み)。
基準は同じである。発明の範囲を画し、表現し、幅出しするのは代理人の本来の仕事で、社内の知財部員がしても社外の代理人がしても、それだけで発明者にはならない。Solomon判決は、代理人の責務を「依頼人が発明を定義し、可能なら最大の範囲の有効な特許を得られるよう助けること」とした(“An attorney's professional responsibility is to assist his or her client in defining her invention to obtain, if possible, a valid patent with maximum coverage.”)。逆に、請求項の技術内容を自分で着想したなら、どちらの立場でも発明者になりうる。米国では1つの請求項への寄与で共同発明者になる(Ethicon, “A contribution to one claim is enough.”)。米国の現行ガイダンス(2025年11月)は立場には触れず、AIの使用の有無にかかわらず従来の基準(一人なら着想、複数なら共同発明者の原則)を当てはめるとしている。
違いが出るのは、名前が載ったあとの利害である。
| 社内の知財部員 | 社外の代理人 | |
|---|---|---|
| 発明者になる基準 | 同じ。請求項の技術内容を着想したか(範囲を画しただけでは足りない) | |
| 発明者になったときの権利 | 規程の定めがあれば、職務発明として会社に帰属しうる(原始帰属や規程による承継。職務に属するかは事案による)。会社と利害がぶつかりにくい | 社外の発明者になる。権利を譲り受けないまま依頼人が出願すれば、共同出願違反の筋に乗りうる(代理人が単独の発明者なら冒認の筋。§03 場面D。筆者の整理) |
| 立場上の問題 | 報奨が本人に入る。自分を発明者に含めるかの起案から外す手当てが要る(§05) | 依頼人と競合する立場になる。Solomon判決は、代理人の役割を果たす者は、依頼人を代理したことを根拠に発明者を主張し、依頼人と競合すべきでないとした(“should not be a competitor of the client, asserting inventorship as a result of representing his client”。代理人本来の役割の遂行を理由に特許を無効にはできない、という文脈での判示)。米国では共同発明者は寄与の大小にかかわらず特許全体の持分を持つと推定される(Ethicon) |
| AIで変わること(筆者の見立て) | AIで実施例を出し、選び、確かめる作業を担うほど、技術内容の着想に踏み込む場面は増える。正当に発明者となる場面も増えるだろう | 線引きの側にとどまる理由は残る。理由は法の基準より、この利害の構造にある |
「知財部員は発明者になる場面が増え、代理人には線引きが残る」という見通しは、実務の見通しとしては成り立つ(筆者の見立て)。ただし、それはUSPTOや判例が立場で区別しているからではない(USPTOの現行ガイダンスは立場に触れていない)。同じ基準の下で、立場ごとに利害が違うからである。
前編の状態機械(着想・完成 → 届出受理 → 職務発明認定 → 出願要否判断 → 出願済 → 登録)に、二つの状態と一本の戻りを足す。
| 遷移 | 起案 | 意見を聴く相手 | 決定 | 助言 |
|---|---|---|---|---|
| 発明者の認定・寄与率の決定 | 知財担当(自分が候補に入るときは外れる) | 発明者の候補全員 | 代表取締役、または発明の審査を担う責任者 | 外部弁理士 |
前編の権限行列で探した「DとCが同一人物の列」が、ここで最も起きやすい。知財部員が幅出しをして、自分を発明者に含めるかを自分で起案する列である。前編の自動化レベルで言えば、この遷移はL1(判断はすべて人、AIは記録の整理と論点の抽出まで)に置く。
相当の利益への波及。ひな型の第8条2項は「寄与率に基づいて」按分するとだけ書き、寄与率の決め方を書いていない。AIの寄与は誰にも配分されないので、人の寄与率の合計を1.0として配るのか、AIの分を差し引いた残りを配るのかを先に決めておく必要がある。また、規程の定めがない場合や不合理とされた場合に相当の利益を決める考慮事項として、35条7項は使用者等が行う「負担、貢献」を挙げている。会社が用意したAI環境が使用者側の貢献として評価されうるかは、これから問われる論点である(筆者の見立てであり、判断例は見当たらない)。
政府の検討との距離。AI利用発明の発明者をめぐる政府資料は、特許法の発明者の定義を中心に議論しており、職務発明(35条)と直接結びつけた記述は見当たらない。近いのは、特許制度小委員会の第54回資料が、発明者の認定基準が不明確だと「企業内部及び企業間において利益分配をする際の基準が不明となり、本来であれば権利を得られるべきであった者の利益を損なう恐れが生じ得る」と書いた一節と、知的財産推進計画2025が「発明者認定、その貢献度合いに応じた配分等の手続き」に触れた注記である。法改正を待たずに各社が埋められるのは、この手続の部分だ。
黄色が追加部分。たたき台であり、導入の前に弁理士・弁護士に確認すること。
第2条(定義) 十一 「AI」とは、発明等の創作の過程で用いる機械学習モデルその他の情報処理システムをいう。 第3条(届出) 発明等を創作した従業者等は、発明等の内容を速やかに会社に届け出るものとする。 2 前項の届出には、発明等の創作にAIを用いた場合、用いたAI、AIに与えた課題及び条件、採用したAIの出力、並びに発明者等が加えた選択及び検証の内容を記載するものとする。 第3条の2(発明者等の認定) 会社は、第3条の届出を受けたときは、特許請求の範囲に記載する発明の特徴的部分の創作に寄与した者を、発明者等として認定する。 2 前項の認定は、○○が起案し、発明者等の候補者の意見を聴いたうえで、○○が決定する。起案する者が発明者等の候補者に含まれるときは、その者は起案に関与しない。 3 特許出願等の後、補正その他の理由により特許請求の範囲に記載された発明の特徴的部分が変わったときは、会社は、特許出願等が係属している間に、前2項に準じて認定をやり直す。 第8条(相当の利益) 2 共同発明等の場合は、寄与率に基づいて第1項各号の報償金を按分した上で、各従業者等に支払うものとする。寄与率は、第3条の2の認定と同時に、発明者等の意見を聴いて会社が決定する。 第10条(意見の申出) 3 第1項の規定は、第3条の2の認定及び寄与率の決定について準用する。
第3条の2第3項で「係属している間に」と書いたのは、発明者欄の補正が出願の係属中に限られるからである(方式審査便覧21.50)。認定のやり直しを登録後に回すと、直す手段がない。
「原文照合」は判決・官報・庁資料の原文で文言を確かめたもの。「二次資料経由」は原典の写しで読んだもの。本文で「決まっていない」「筆者の見立て」と書いた箇所は、資料から導いた推論であり、判断例はない。