木曜もくもくラジオ
2026年11月5日のまとめ泡とレモンの判決、この1か月の三本、AI開発の動き
木曜お昼の X スペースで流す、約16分の録音の内容をまとめた頁です。聞き逃したところの確認や、元の記事を開くときに使ってください。情報は2026年11月5日午前の時点です。
- 泡とレモンの話は、判決の物差しを、模型で動かすと見えるものがある、ということ。
- 動画生成AIの話は、もっともらしいと正しいは別だ、ということ。
- Cloudflare の話は、失敗が成功の顔で返ってくるのがいちばん怖い、ということ。
自分の作った仕組みのどこかで、失敗しても「成功」や「0件」と返してしまう場所を、一つ探してみてください。見つけたら、エラーをちゃんと返すように直す。見つけたことや作ったものは、掲示板かハッシュタグ #ipfde で教えてください。
今週の一本:泡は認められず、レモンは登録された
記事:ふたを開けると、レモンが浮き上がる(10月30日に、判決の節を追記)
- 動的意匠とは:物の形がその働きによって変わるとき、変わる前から後までをまとめて一つの意匠として出願できる仕組みです(意匠法6条4項)。
- きっかけ:「未来のレモンサワー」の、ふたを開けるとレモンの輪切りが浮き上がる動きが、動的意匠として登録されたと10月21日に報じられました。
- 泡の判決:報道によると、同じ会社は2022年に「生ジョッキ缶」の泡の動きでも出願し、登録されませんでした。頁では同じ出願と判断した事件の判決(知財高裁 令和6年12月19日、請求棄却)を読んでいます。
- 判決の物差し:一定の期間、一定の形があり、形を見分ける境界を捉えられること(定形性)。形が変わるなら、変わり方に一定の規則があるか、変わる形が定常的であること。変化の前後のどの状態でも満たす必要があります。
- 模型の数字:同じ缶を三回開けると、開けて2秒の時点で暗い部分の割合は40〜55パーセントにばらつきます。レモンは同じ時刻に同じ高さにあります。説明のために作った模型で、実物を測った数字ではなく、証拠にもなりません。
- まだ分からないこと:10月24日の時点で、レモンの動きを示す公報は J-PlatPat で見つかっていません。形の変わらない輪切りが毎回同じ道筋で昇ることが定形性と規則性にあたる、というのは見立てです。
- 実務のコツ:判決の出願の物品名は「容器入り飲料」でした。公報は「包装用缶」だけでなく、こちらの名前でも探します。
この1か月の棚から三本
10月5日から10月27日までに、29本の教材が増えました。そのうちの三本です。
技術・資本・国家の三つの論理
1923年の富士電機の設立で、シーメンス側の出資は300万円(30パーセント)でした。中身は機械の現物100万円と技術報償金200万円で、現金はゼロです。記事は、これを将来のロイヤルティを出資に置き換えたものと解釈できる、としています。知財制度を、技術の論理を金の論理に換える為替レートとして読む論考です。完成した結論というより仮説を検証するための素材集で、確認中の項目も明記されています。3分25秒の解説動画つきです。
動画生成AIは物理を理解しているのか
拡散モデルは「ありそうな動画」の分布を学んでいて、方程式を持っているわけではありません。記事で紹介している ICML 2025 の研究では、学習した範囲の内側ではほぼ完全に予測でき、外側では失敗しました。法則を取り出すのではなく、いちばん近い事例をまねていたからです。事例を探す手がかりの優先順位は、色、大きさ、速度、形の順でした。
寄り道の見返りは、遅れて届く
『葬送のフリーレン』のヒンメルの寄り道から、サイモンの満足化、シュワルツらの最大化、マーチの探索と深化をたどります。記事は、評価の期間が四半期や1年なら探索はほぼ必ず負けて見えるが、負けて見えることと価値がないことは別だとして、寄り道が何を残したかを記録しておこう、と提案しています。
ほかに、押して動かせる電子レンジの図や鉄の近代史もあります。教材はすべて全一覧から開けます。
AI開発の最近の動き
プルリクエストの40パーセント以上が、エージェントの下書きから
GitHub の年次報告 Octoverse(10月28日)によると、2026年9月には、プルリクエストの40パーセント以上がエージェントの下書きから始まっていました。3月は17パーセントです。GitHub 自身の数字で、検出できたエージェントだけを数えた下限の値です。2週間以内にマージされた割合は、エージェントが始めたものが90パーセント、比較対象が86パーセント前後ですが、報告は変更の大きさなどの条件を揃えたとは書いていないので、エージェントの方が品質が高いとまでは読めません。
新しいモデルが二つ
- GPT-6.1 Terra(OpenAI、10月26日):画面を見てアプリをまたいで操作することを前面に出した中位のモデルです。API の価格は100万トークンあたり入力1ドル、出力5ドルです。発売時点の性能の数字は OpenAI 自身が測ったものだと報じられています。
- Gemini 4 Carbon(Google、10月28日発表):まず限られたサイバーセキュリティの防御担当者に提供します。第三者の Artificial Analysis の総合指標では首位ですが、報道によれば2位の Claude Opus 5.5 との差は1ポイントです。同じ Artificial Analysis のコーディングエージェントの指標では、Opus 5.5 に次ぐ2位でした。
物差しが変わると順位も変わります。なお、このラジオの台本は Claude と一緒に作ったので、順位の話は割り引いて読んでください。
Cloudflare の事故報告:失敗が成功の顔で返ってきた
Cloudflare の AI 基盤で、8月27日から9月9日の間に、GLM-5.3 の応答155件に他の利用者のリクエストのデータが混ざりました。約68万トークンを超える、非常に長いプロンプトだけで起きた事象です。Cloudflare は、意図的な悪用の証拠は見つかっていないとしています。
- 設定:モデルには約100万トークンの長さを許していたのに、処理用のメモリは約68万トークン分しかありませんでした。
- 不具合:推論エンジンが長すぎるプロンプトに「拒否」と印を付けたのに止めず、1トークンの詰め物に置き換えて次の工程に渡していました。次の工程は、前のリクエストのメモリが残ったところで応答を作ります。
- 見え方:利用者には、エラーではなく成功が返っていました。
来週の予定
WIPO(世界知的所有権機関)が、11月9日と10日に「IPとAIのグローバルフォーラム」をジュネーブで開きます。オンラインでも参加でき、無料です。テーマには、発明者や著作者の扱い、AIの入力と出力、各国の制度や判例が挙がっています。詳しいプログラムは、11月5日午前の確認ではまだ出ていませんでした。
台本の全文
台本を開く
OP オープニング
こんにちは。木曜お昼の、AI×知財もくもく会です。今日は、2026年11月5日です。
この放送は録音です。こちらから呼びかけられても、お返事はできません。作業をしながら、聞き流してください。途中から入っても、途中で抜けても大丈夫です。
今日の話は三つです。今週の一本。この1か月の棚から三本。そして、AI開発の最近の動きです。
台本は、AIのClaudeと一緒に作りました。もくもく会の記事の話と、外のニュースの話が混ざりますので、確かめきれていないものは、そう言いながら話します。
コーナー1 今週の一本:泡は認められず、レモンは登録された
今週の一本は、「ふたを開けると、レモンが浮き上がる」という頁です。10月30日に、大きな節を追記しました。
きっかけは、10月21日の報道です。アサヒビールの缶入りサワー、「未来のレモンサワー」で、ふたを開けるとレモンの輪切りが浮き上がってくる一連の動きが、動的意匠として登録された、と伝えられました。飲料では国内で初めてだそうです。
動的意匠とは何か。意匠、つまりデザインの権利は、ふつう、止まった形を守ります。けれども、物の形が、その物の働きによって変わることがあります。そのときは、変わる前から後までをまとめて、一つの意匠として出願できます。意匠法の6条4項です。
面白いのは、ここからです。報道によると、同じ会社は2022年にも、「生ジョッキ缶」の、開けると泡が盛り上がる動きで出願しています。こちらは登録されませんでした。頁では、これと同じ出願と判断した事件の判決を読んでいます。知財高裁、令和6年12月19日の判決で、請求は棄却されました。拒絶を維持した審決の判断が、支持されたわけです。
判決の物差しは、大きく二つです。一つ目は、一定の期間、一定の形があって、形を見分ける境界を捉えられること。「定形性」と呼ばれます。二つ目は、形が変わるなら、変わり方に一定の規則があるか、変わる形が定常的であること。しかも、変化の前後の、どの状態でも満たす必要があります。
判決は、動的意匠を入れた1959年の法改正の議論までたどっています。そこに出てくる例が、とても分かりやすいんです。曲げられる針金のおもちゃは、形が不規則に変わって再現性がないので、一定の形がない。一方で、びっくり箱は、縮んだ形から伸び切った形への移り変わりを示せるので、別のものとされました。
では、泡はどうだったか。縁にできる泡の帯は、幅が一定ではありません。増える所もあれば、消える所もある。中央の暗い部分が閉じていく進み方も、場所ごとに違う。商品について公開されている情報でも、泡の形は開けるたびに違っていた。判決は、こう認定して、定形性も規則性もないとした審決を支持しました。
この頁がもくもく会らしいのは、ここで手を動かしているところです。Claude Code と three.js で缶の模型を作り、判決が認定した泡の動きを、そのまま動画にしました。同じ缶を三回開けると、開けて2秒の時点で、暗い部分の割合は40パーセントから55パーセントまでばらつきます。一方、レモンは、何度動かしても、同じ時刻に同じ高さにあります。
ただし、これは説明のために作った模型です。実物を測った数字ではありませんし、そうなるように作った動画は、証拠にはなりません。判決の言葉が、目で見るとどういう違いなのかを確かめる道具です。
もう一つ、大事な留保があります。10月24日の時点で、レモンの動きを示す公報は、J-PlatPat では見つかっていません。ですから、「形の変わらない輪切りが、毎回同じ道筋で昇る。それが定形性と規則性にあたるのでは」というのは、まだ見立てです。登録の理由は、公報が出てから確かめます。
実務の小さなコツも一つ。判決の出願は、物品の名前が「包装用缶」ではなく、「容器入り飲料」でした。公報を探すときは、こちらの名前でも探す必要があります。
コーナー2 この1か月の棚から三本
次は、この1か月の棚です。10月5日から10月27日までに、29本の教材が増えました。11月に入ってからの新着は、このラジオのまとめの頁だけです。今日はその中から三本だけ紹介します。
一本目は、「技術・資本・国家の三つの論理」です。技術の値段はどう決まるのか、という論考です。
印象に残るのは、1923年の富士電機の設立です。資本金1000万円のうち、シーメンス側の出資は300万円、30パーセント。その中身は、機械の現物が100万円、技術報償金が200万円で、現金はゼロでした。記事は、これを、将来のロイヤルティを出資に置き換えたものと解釈できる、としています。
技術を株に換えるには、技術が財産として値付けできる制度が要ります。日本のパリ条約加盟は1899年で、同じ年に、外資との合弁の第1号が出ています。記事の言葉を借りると、知財制度は、技術の論理を金の論理に換える為替レートで、そのレートを国家が設定し、交渉している。そして今は、輸出管理のように、値段をつけても売らせない制度が、技術の格差を固定する主な道具になりつつある。
なお、この記事は、完成した結論というより、仮説を検証するための素材集と位置づけられていて、確認中の項目も明記しています。3分25秒の解説動画も付いています。
二本目は、シリーズ「世界を数式で描く」の3本目、「動画生成AIは物理を理解しているのか」です。
文章から作った動画は、ボールも弾むし、水も流れます。でも、拡散モデルは「ありそうな動画」の分布を学んでいて、方程式を持っているわけではありません。記事で紹介している、ICML 2025 の研究では、物体の移動と衝突の動画を学習させたところ、学習した範囲の内側では、ほぼ完全に予測できました。ところが、外側では失敗します。法則を取り出すのではなく、いちばん近い事例をまねていたからです。事例を探す手がかりの優先順位は、色、大きさ、速度、形の順でした。物理と関係のない、色が一番なんです。
持ち帰る言葉は、「もっともらしい」と「正しい」は別だ、ということです。これは動画に限りません。AIの答えを読むときの、ふだんの注意そのものです。
三本目は、少し雰囲気を変えて、「寄り道の見返りは、遅れて届く」です。『葬送のフリーレン』の勇者ヒンメルは、ゴールに着いているのに、ダンジョンの部屋を全部見て回ります。なぜか。ここから、意思決定の古典を三つたどります。
一つ目は、サイモンの満足化です。人は最適なものではなく、「十分」なものが見つかった時点で探すのをやめる。探す手間まで勘定に入れれば、これは怠けではなく、合理的です。
二つ目は、シュワルツらの最大化です。2006年の研究では、最大化の傾向が強い学生は、初任給が20パーセント高い職を得たのに、満足度は低かった。論文の題は、「より良くやって、より悪く感じる」です。
三つ目は、マーチの探索と深化です。探索の見返りは、不確実で、時間的に遠い。だから組織は、手早く返ってくる深化を磨いていきます。
評価の期間が四半期や1年なら、探索はほぼ必ず負けて見えます。ただ、負けて見えることと、価値がないことは別です。記事は、寄り道を許すなら、寄り道が何を残したかを記録しておこう、と提案しています。
ほかにも、押して動かせる電子レンジの図や、鉄の近代史の頁などがあります。どれも、もくもく会のサイトで読めます。
コーナー3 AI開発の最近の動き
最後に、AI開発の動きです。先週は発表が多かったので、三つに絞ります。
一つ目は、人の仕事の形が変わってきた、という数字です。GitHub が10月28日に出した年次報告、Octoverse によると、2026年9月には、プルリクエストの40パーセント以上が、エージェントの下書きから始まっていました。3月は17パーセントでしたから、半年で倍以上です。件数では、9月だけで1億1000万件。
これは GitHub 自身の数字で、検出できたエージェントだけを数えた、下限の値です。2週間以内にマージされた割合も、エージェントが始めたものは90パーセント、比較対象は86パーセント前後と出ています。ただ、報告はこの差について、変更の大きさなどの条件を揃えたとは書いていないので、エージェントの方が品質が高い、とまでは読めません。私たちが言えるのは、書く量より、読んで判断する量のほうが、これから問題になりそうだ、というところまでです。
二つ目は、新しいモデルです。OpenAI は10月26日に、GPT-6.1 Terra を出しました。画面を見て、アプリをまたいで操作することを前面に出した中位のモデルで、API の価格は、100万トークンあたり、入力1ドル、出力5ドルです。発売時点の性能の数字は、OpenAI 自身が測ったものだと報じられています。
Google は10月28日に、Gemini 4 Carbon を発表しました。まず、限られたサイバーセキュリティの防御担当者に提供し、広い提供はそのあとです。第三者の Artificial Analysis の総合指標では首位ですが、報道によれば、2位の Claude Opus 5.5 との差は1ポイントです。一方、同じ Artificial Analysis のコーディングエージェントの指標では、Carbon は Opus 5.5 に次ぐ2位でした。
なお、この台本を手伝っているのは、その Claude です。順位の話は、割り引いて聞いてください。ここで言いたいのは、どれが一番か、ではありません。物差しが変わると順位も変わる、ということです。自分の仕事で使うなら、自分の仕事で測るのがいちばん確かです。
三つ目は、事故の報告です。これが今日いちばん、開発者の皆さんに聞いてほしい話です。Cloudflare の AI 基盤で、8月27日から9月9日の間に、GLM-5.3 というモデルの応答155件に、他の利用者のリクエストのデータが混ざっていました。約68万トークンを超える、非常に長いプロンプトだけで起きた事象です。Cloudflare は、意図的な悪用の証拠は見つかっていないとしています。
原因は二つの重なりでした。一つは設定です。モデルには約100万トークンの長さを許していたのに、処理用のメモリは約68万トークン分しかなかった。もう一つは、推論エンジンの不具合です。長すぎるプロンプトを「拒否」と印を付けたのに、止めずに、1トークンの詰め物に置き換えて、次の工程に渡していました。次の工程は、前のリクエストのメモリが残ったところで応答を作ります。そして利用者には、エラーではなく、成功が返っていました。
失敗が、成功の顔をして返ってくる。AIに限らず、長く動かす仕組みでいちばん怖いのは、この形です。派手に落ちてくれれば、誰かが気づきます。
知財の話で、来週の予定を一つ。WIPO、世界知的所有権機関が、11月9日と10日に、第1回の「IPとAIのグローバルフォーラム」をジュネーブで開きます。オンラインでも参加でき、無料です。テーマには、発明者や著作者の扱い、AIの入力と出力、各国の制度や判例が挙がっています。詳しいプログラムは、私が確かめた時点では、まだ出ていませんでした。
ED エンディング
今日の話を、三行でまとめます。
泡とレモンの話は、判決の物差しを、模型で動かすと見えるものがある、ということ。
動画生成AIの話は、もっともらしいと正しいは別だ、ということ。
Cloudflare の話は、失敗が成功の顔で返ってくるのがいちばん怖い、ということです。
そこで、今週のお題です。自分の作った仕組みのどこかで、失敗しても「成功」や「0件」と返してしまう場所を、一つ探してみてください。見つけたら、エラーをちゃんと返すように直す。それだけで、今日のもくもくは十分です。
今日の話の要点と出典は、もくもく会サイトのまとめの頁に置いてあります。
見つけたことや、作ったものは、もくもく会サイトの掲示板か、ハッシュタグ、アイピーエフディーイーで教えてください。聞くだけの方も、大歓迎です。
木曜お昼のもくもく会、録音でお届けしました。それでは、手を動かしていきましょう。
出典
- GitHub Octoverse:GitHub Blog
- Cloudflare の報告:Cloudflare Blog
- WIPO フォーラム:WIPO/第1回という記述はカザフスタン政府の発表
- Gemini 4 Carbon(報道):The Register/Signal Drifts
- GPT-6.1 Terra(報道。OpenAI の頁は本文を確認できていません):AI Magazine/AI Weekly/OpenAI